"昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」" 第11話
国の元首が、ボロボロのを着て、自ら飢えに耐えながら、国民のためにパンを乞うている。
マッカーサーは、即座にちがった。 「陛、お約束いたします。私が司令官である限り、本国民をたりとも飢えにさせはしません」
その夜、マッカーサーはワシントンの陸軍省および連邦議会へ向けて、歴史に残る烈な至急報を打した。
『直ちに本へ糧を供せよ。パンを寄越せ。さもなくば、銃弾と軍隊を寄越せ。飢餓は、いかなる共産主義よりも危険な暴を引き起こす。本国民を飢えにさせることは、衆国の名誉にかけて断じて容認できない』
マッカーサーの断固たる報にかされた米連邦議会は、即座に百万トンを超える麦や缶詰、脱脂乳の対緊急援助を決。 横浜港に続々と接岸するリバティから荷揚げされた救援物資によって、本国民は未曾の飢餓のを乗り越えることができたのである。
学ので配られた温かい脱脂乳を啜りながら、子供たちが笑顔を取り戻していく姿を、皇は巡幸先の学の片隅から、目を細めて見つめていた。
昭。 皇の全国巡幸は、本の代化の礎でありながら、過酷な労働環境でられた栃県・尾へと及んだ。
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当、全国の鉱やでは、労働運の急化により、ストライキが頻発していた。 尾においても、共産党系の労働組が「皇来訪絶対反対」「ブルジョワ元首の欺瞞を砕せよ」とする赤旗を掲げ、穏な空気が張り詰めていた。
全のため、施設の見学だけで済ませるよう言する警察幹部に対し、皇は首を横に振った。 「現で番苦労しているたちに会いたい。坑へ入る」
ヘルメットを被り、だらけの作業着に靴を履いた皇は、鉱夫たちと共にゴトゴトと音をてる粗末なトロッコに乗り込み、暗黒の千メートルへとりていった。
底の切羽(掘削現)。 気温度を超える蒸し呂のような気の、半裸でツルハシを振るっていた鉱夫たちが、坑灯のかりのに現れた柄な男を見て、目を見張った。
皇は、汗と炭にまみれた鉱夫たちひとりのへ歩み寄った。 元にはがね、岩肌からはが滴り落ちている。
「暗いところで、変な仕事ですね」 皇は自らを差し伸べ、岩のように固い、真っ黒に汚れた鉱夫のを握りしめた。 「皆さんが掘りしてくれるが、本の復興を支えています。どうか、体を切にしてください」
の若い鉱夫が、持っていたツルハシを取り落とした。
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そのは、先ほどまで「皇制打倒」のビラを配っていただった。 のひらを通じて伝わってくる、皇の震えるの温もり。 言葉の奥底にある、損得や政治を切超えた、魂からのいたわり。
「……へ、陛……」 鉱夫の真っ黒な顔に、い涙の筋がった。 「ありがとうございます……! わしら、掘ります! 本のために、ぬ気で掘ってみせます!」
抗議集会をくはずだった広に戻ってきた、赤旗を持っていた組員たちは、全員がヘルメットを脱いで直していた。 皇を乗せたトロッコがへ戻っていくのを見送りながら、彼らが々に叫んだのは、憎悪の言葉ではなく、「ご無事で!」「お体を切に!」という祈りの声だった。
そのに同していたGHQの労働担当将は、帳にこうき殴った。 『いかなるマルクス主義の理論も、この男と国民のにある絆を断ち切ることはできない。彼らは王と民ではなく、つの族である』
昭(〇)。 突如として朝鮮軍が度線を越えてを始し、朝鮮戦争が勃発した。
アジアの勢は変した。 米軍は即座に国連軍として介入し、本は最線基としての補と兵站をに引き受けることとなった。 「特需」の嵐が吹き荒れ、本のは体制で稼働を始め、戦の奇跡な経済復興への歯が急速に回り始める。
しかし、戦況の悪化に伴い、マッカーサーは朝国境への原爆投や国本への爆撃をに主張し、第次世界戦の勃発を恐れるトルーマン統領との対をめていった。
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