"名門野球部で、僕らは声を失った" 第1話
昭60(1985)4。阪の内をる鉄の窓から見える葛の並みは、の霞に煙っていた。 駅のロータリーから詰め襟の学にを包んだたちが、然と隊列を組んで坂を登っていく。胸元にるの章は、全国の球児にとってける伝説であり、畏怖の象徴でもあった私GL学園のものだった。
野寺実、15歳。 学代はシニアリーグで鳴らし、関選抜の4番打者として幾ものスカウト戦の末にこの名のを叩いた。般徒の野球部入部は切認められない。本全国の精鋭から選び抜かれたわずか数名のみが入部を許される、言わば甲子園への特等切符をに入れたエリート集団だった。
「おい、野寺。すげえよな、グラウンド。プロの軍より広いぞ」 並んで歩く同期の型腕・倉田が、興奮を隠しきれない声で打ちしてきた。神奈川のボーイズで名を馳せた逸材だ。周囲を見渡せば、雑誌の表を飾った全国会のスター選ばかりが揃っていた。俺たちは誰もが信じて疑わなかった。この学園で歯をいしばりさえすれば、2には甲子園のを踏み、その先にはドラフト1位の華々しいプロの世界が待っているのだと。
しかし、その青いの皮膜は、入学式を終えてわずか30分に無残にも引き裂かれた。
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学敷から2キロほどれた林の麓に建つ、鉄筋コンクリート3階建ての野球部宿所。通称「青寮」。をくぐった瞬、空気が油とカビ、そして何もの男たちの汗が乾ききった独特の獣じみた臭気へと変わった。
「1、全員庭に列!」 鼓膜を突き破るような号が響いた。 声の主は、3の主将・神崎だった。れした分い胸板に、剃り込みの入った厘刈りの。その背には、線でも潜り抜けてきたかのような徹な目をらせる2、3たちが、腕を組んでずらりと並んでいた。
「今からテメエらの『お客様期』は終わりだ。ここにはなんぞもいねえ。3は神、2は平民、そして1は——虫けらだ」 神崎のには、使い古された黒塗りのノックバットが握られていた。 「返事は『はい』か『いいえ』じゃねえ。『はい』だけだ。声がかすれた奴から叩き直す。おい、部割りを申し渡す。各自、荷物をまとめて神の部へがれ」
割り振られたのは、8畳ほどのだった。そこに32名、22名、そして14名が詰め込まれる。畳は擦り切れ、壁には過の部員が刻んだ無数の傷があった。 「今からお世話になります、野寺実です! よろしくお願いします!」 喉が裂けんばかりの声で挨拶し、畳に額を擦り付けた。 部である3の川は、週刊誌から線をげることすらなく、吐き捨てるように呟いた。
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「うるせえ。1が部ので息を吸っていいのは、仕事をしてるだけだ。あと、テメエら、鏡ので自分の面を見てみろ」 川がちがり、野寺のに仁王ちした。 「この寮にいる、笑顔を見せたらそので顎を砕く。笑う余裕があるなら、素振り千回やってこい」 冗談ではなかった。その濁った瞳の奥には、この閉鎖空で醸造されてきた純然たる暴力の匂いが澱のように沈んでいた。
活のすべてが、目に見えない無数の禁止事項で縛られていた。 部員同士の私語禁止。廊を歩く際、壁から30センチ以れて歩くことの禁止。シャンプーの使用禁止、固形鹸のみ。バスタオル禁止、いぬぐい1枚で全を拭くこと。そして、1同士の会話すら「群れると謀反を起こす」という理由で禁じられていた。 初の夜、い煎餅布団に潜り込んだ野寺は、隣の布団で同期の誰かが声を殺して啜り泣いている音を聞いた。だが、慰めの声をかけることすら許されない。壁枚隔てた隣の部からは、鈍い打撃音と、消え入りそうな「すみません」という声が、夜半過ぎまで延々と響いていた。
午545分。 まだ夜の帳が落ちきっていない未の部で、野寺の識は覚の極限にあった。 布団ので微だにせず、枕元に置いた物の械式目覚まし計の針を凝している。
設定刻は午6ちょうど。全館に「起、起、起のです」
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