"名門野球部で、僕らは声を失った" 第3話
そして、午4。灼の太陽が照りつける専用グラウンドで、本当の拷問が幕をけた。 昭60代初の野球界において、「練習の分補」は最のタブーだった。「をむと筋肉が弛緩する」「胃がくなってけなくなる」という根拠のない精神論が絶対の真理として君臨していた。
「声がてねえぞ! 連帯責任だ、野ポールダッシュあと20本!」 ノックバットを振りろす助監督の罵声が響く。初の猛暑の、部員たちは真っ黒にまみれになりながら、乾ききった喉を引き裂くようにしてをかし続けた。 気温は33度を超えていた。埃がのに張り付き、舌は砂漠のようにひび割れている。ユニフォームの襟元からしたたり落ちる自分の汗を、野寺は必に唇で吸い取った。塩分を含んだ温かい液体ですら、今の彼にとっては砂漠のオアシスのようにえた。
「おい、倉田……丈夫か」 列の、隣の倉田の顔を見やると、唇はに変し、線が虚空を彷徨っていた。症という言葉すらしなかった代、それは単に「根性がりない」の言で片付けられる症状だった。 「あかん……実、もう限界や……喉が、焼ける……」
野寺もまた、界の端がチカチカとく点滅し始めていた。このままでは倒れる。だが、倒れればグラウンド脇のコンクリートのに転がされ、ホースでからを浴びせられたで、さらに罵声を浴びることになる。
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その、野寺の脳裏に、先週脱落して退部していった先輩が残した言葉が蘇った。
(腹痛を装え……それしかねえ) 野寺は突如、そのに膝をつき、両で腹を押さえた。 「どうした、野寺!」 すかさず2の先輩が駆け寄ってくる。 「すみません! 腹が……急激に差し込んで……トイレにかせてください!」 先輩は舌打ちをし、汚物を見るような目を向けた。 「チッ、根性のねえ奴だ。3分以内に戻ってこい。1秒でも遅れたらグラウンド100周だぞ」 「はい! ありがとうございます!」
脱兎の勢いでグラウンド脇の古い汲み取り式便所へと駆け込んだ。 異臭がち込める暗い便所の隅。洗いの真鍮の蛇にを伸ばす。しかし、ここにも級の罠があった。洗いのの元栓は、1が勝にをまないよう、昼のうちにペンチで固く締められていたのだ。 (嘘だろ……ない……!) 蛇をどれほど捻っても、赤錆の混じった滴がポタポタと落ちるだけだった。
喉の渇きはもはや狂気の領域に達していた。 ので何かがブツリと切れた。野寺の線が、便器の横にある青いポリバケツ——清掃用に使われる、いつ汲まれたかも分からない淀んだへと吸い寄せられた。ボウフラが湧き、埃が浮いている。 だが、理性は本能の渇きに瞬で敗した。 野寺はバケツに両を突っ込み、をすくって喉へと流し込んだ。
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カビと塩素の臭いが腔を突き抜けたが、渇ききったをたい触が滑り落ちていくに、全の震えが止まらなかった。
「……うまい」 涙が溢れた。甲子園を目指して全国から集まったはずのエリート球児が、便所のバケツのを貪りんでいる。その惨めさと屈辱に、野寺は便器の横で膝をついたまま、声もなく震えていた。
過酷を極めた全体練習が終したのは、夜の8半を過ぎた頃だった。 だが、グラウンドの照が落ちても、1の「本業」はここからが始まりだった。全部員は「炊事当番」「呂当番」「ロッカー当番」の3つの班に械に振り分けられ、野寺の属する班は今週、最も苛烈を極める炊事当番が割り当てられていた。
練習着のまま堂へ崩れ込み、60分の巨な飯炊き釜から湯気のつ米を茶碗によそっていく。 級たちが次々と堂のテーブルに陣取り、ふんぞり返って聞を広げる。1は配膳を終えたも、部に戻ることは許されない。級たちの事景を、壁際に直の姿勢で見つめ続けなければならなかった。
カン、と乾いた陶器の音が響いた。 テーブルの端に座る3の川が、空になった茶碗の縁を箸の先で叩いた図だった。 「おい、野寺! 反応が遅えぞ!」 野寺が駆け寄るよりもく、宙を裂いて茶碗がんできた。
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