"名門野球部で、僕らは声を失った" 第6話
6のある蒸し暑いの午。 グラウンドの片隅にある、農業用の溜池の畔で事件は起きた。 鬱蒼とした雑林に囲まれたその池は、さが数メートルあり、面はアオコで緑に濁り、底には底なしのヘドロが堆積しているため、普段からち入りが禁じられていた所だった。
「おい、1。誰かあのスリッパ取ってこいよ」 くから、3の嘲笑混じりの声が響いた。 見れば、池の央、岸から数メートルれた面に、誰かの便所用サンダルがぷかぷかと浮いていた。級がわざと放り投げたのだ。 「はい! 自分がきます!」 名乗りをげたのは、今入ってきたばかりの1、俊で鳴らした野のだった。先輩の命令は絶対。危険を判断する考回など、この寮活のでとっくに焼き切られていた。
はジャージを脱ぎ、迷うことなく濁ったのへとび込んだ。 バシャバシャと音をてて、スリッパへと泳いでいく。 「あいつ、結構泳げるじゃねえか」 岸辺で級たちが煙をふかしながら笑っていた。野寺もまた、グラウンドのトンボがけのを止め、胸の奥にざらりとしたを覚えながらその景を見つめていた。
スリッパまであと数メートル。 突然、の泳ぎが自然に止まった。 「……ぶくっ」 が瞬、に沈んだ。 「おい、何ふざけてんだ! く取ってこい!」
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岸からの号。だが、は浮きがってこなかった。面が激しく波打ち、濁ったのから、の必にもがく両が突きされた。 「たす……け……! が……ヘドロに……!」
その鳴が途切れた瞬、面は渦を巻き、のは完全に緑ののへと消えった。
「おい……?」 3のから、吸いかけの煙が落ちた。 「おい! 浮いてこねえぞ! おい!」 静まり返る面。波紋だけが、静かに岸辺へと広がっていた。
野寺はグラウンドを蹴り、池に向かって全力疾していた。 (嘘だろ……嘘だろおい! てこい! がってこい!) 臓が破裂しそうなほどの恐怖が、全を駆け巡っていた。名の栄の元にをけていた底なしのが、ついにのの命をみ込もうとしていた。
「消防呼べ! 警察だ! く話しろ!」 狂乱の叫び声が庭に霊した。 先ほどまで神として君臨していた級たちが、腰を抜かし、まみれになりながら寮の事務へと駆け込んでいく。
野寺は池の縁にび込みそうになったが、駆けつけてきた同期の倉田に力任せに羽交い締めにされた。 「やめろ、実! 潜ったらおまで底のヘドロに巻き込まれるぞ! せ、くな!」 「せよ! あいつが沈んでんだよ! 息ができないんだよ!」 濁った面を見つめながら、野寺は喉が千切れるほど叫んだ。だが、緑のアオコに覆われた面は、ただ気な静寂を保つだけで、度と泡ひとつ浮きがらせることはなかった。
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サイレンの甲い音があいに響き渡り、レスキュー隊の特殊両とパトカーがグラウンドになだれ込んできたのは、事件発から30分以が過ぎてからだった。 潜具をにつけた救助隊員が次々と池にび込み、棒のついた捜索フックがの底へと沈められる。 警察官の鋭い号、び交う無線の音声、そして巻きにち尽くす部員たちの震える音。
野寺たち2は、グラウンドの脇に正座させられていた。 誰も言も発しない。誰も顔をげられない。 初のい差しが照りつける、野寺の界には、池の畔に脱ぎ捨てられたあのの、真しい染みのない運靴だけが焼き付いていた。わずか2ヶ、甲子園を見て、希望に目を輝かせてこのをくぐってきたはずの輩だった。
「——引きげます!」 捜索始から2、救助隊員の声が響いた。 濁のから、青いが面を割って現れた。担架に乗せられ、岸辺に運ばれていくさな体。全に黒いヘドロがこびりつき、すでに呼吸も音も完全に途絶えていた。 駆けつけたの母親が、ブルーシートのに崩れ落ち、獣のような慟哭をげた。 「返して……! 私の子を返してよ! 野球をやらせるためにここへ送ったのよ! なんで……なんでこんなところでななきゃいけないのよ!」
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