"名門野球部で、僕らは声を失った" 第7話
その絶叫を聞いた瞬、野寺の胸の奥で、何かが音をてて々に砕け散った。 甲子園。 プロ野球。 ドラフト1位。 名の誇り。 それまで自らを支え、あらゆる理尽と暴力に耐えさせてきた美しい言葉の数々が、すべて醜悪な欺瞞に満ちた毒の塊となって胃の腑を焼き尽くした。
(俺たちは……何のために耐えてきたんだ?)
その夜、警察の現検証が終わると、野球部員全員が宿所の広に集められた。 正面にったのは、顔を失った野球部と顧問の教員たちだった。 「いいか、全員よく聞け」 部のからた言葉は、くなった部員への悼でも、遺族への謝罪でもなかった。 「あれは、ち入り禁止区域で誤ってを滑らせた単なる難事故だ。『スリッパを取ってこい』などという命令は、最初からしなかった。警察にもそう証言してある。……もし、余計なことをって学園の名誉を傷つける者がいれば、どうなるか分かっているな」
部員たちのに、凍りつくような沈黙が広がった。 その、野寺の隣に座っていた倉田が、拳を畳に叩きつけてちがった。 「事故なわけないやろ! 先輩が投げたスリッパを取りにかされたんや! なんで本当のことを言わんのですか!」 「座れ、倉田!」顧問の声がぶ。 野寺もちがった。次いで、2の全部員が、まるで堰を切ったようにちがり、畳のに膝をついて座り込みを始めた。
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「納得できません!」 「真相を公表してください!」 それは、この学園の歴史、初めて起きた部員たちの反乱だった。
しかし、その必の抗議も、巨な壁をにしてあまりにも無力だった。 翌週、聞の社会面の片隅に掲載されたのは、わずか数のベタ記事だった。 『私野球部員、寮くの溜池で溺。誤って転落か』 部のメディアは切追及せず、野連からの処分も「厳注」のみで処理された。すべては、学園が持つな政治力と、敷内の病院を使った迅速な隠蔽作によって、完全にへと葬りられたのだ。
事件から1ヶ。 グラウンドでは、何事もなかったかのようにノックの音が響き、級の号がび交っていた。犠牲になったのロッカーは綺麗に片付けられ、しい1の荷物が詰め込まれていた。 変わらない。この所は、がんでも何ひとつ変わらないのだ。
野寺は、部の裏の具のにち、自らのののひらを見つめていた。 豆がつぶれ、タワシで擦り切れてくなった皮膚。 (俺は……野球が好きだったはずなのに) バットを握るたびに、胸が締め付けられるように苦しかった。ボールの縫い目を見るだけで、あの池の濁った面が脳裏に蘇る。打席にっても、投の球が恐怖ではなく、ただただ虚無にしか見えなかった。
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「もう……終わりだ」 乾いた声が、唇から零れ落ちた。 野寺実は、宿所の玄関へ向かった。荷物は何も持たなかった。ただ、自らのと命の最の欠片を守るために、あの巨な鉄のへと向かって、歩を踏みしたのだった。
夜の10を告げる消灯のブザーが鳴り響いたも、野寺の神経は張り詰めたままだった。 布団のでを着たまま横たわり、枕元のスニーカーを静かに引き寄せる。ポケットのには、公衆話用に隠し持っていたわずか数百円の貨と、定期入れだけが入っていた。
青寮は、脱者を防ぐために夜は側から頑丈なチェーンで施錠される。見回りの当番は2と3が交代でち、もし脱が見つかれば、連れ戻されたで「反省」で再起能になるまで殴打されるのが通例だった。 (だが、今夜しかない) がトタン根を激しく叩いていた。梅の終わりの激しい豪。音が見回りの音と気配を掻き消してくれる唯の盾だった。
野寺は音もなく布団を抜けすと、2階の洗面所へと忍びで向かった。 窓のには、錆びついた非常階段が伸びている。普段は針で固定されている格子窓の留めを、隠し持っていたスプーンの柄を使って慎にこじけた。キィとさな属音がしたが、の鳴がかき消してくれた。
体を滑り込ませ、のにを投じる。
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