"名門野球部で、僕らは声を失った" 第10話
おがもう度バットを振るを、俺はどこかで信じている』
を胸に押し当て、野寺はので声を殺して泣いた。 自分だけが逃げしたというろめたさ。仲を獄に取り残してきた罪悪。 それらのが、坂井の言葉によって静かにほどけていくのをじていた。 「倉田」 野寺は顔をげ、友の腫れがった目をまっすぐに見つめた。 「ぬなよ。甲子園なんかより、おの命の方がずっと事や。それだけは忘れるな」 倉田は無言で頷き、残ったうどんを気に掻き込むと、夜ののへと消えていった。
昭62(1987)8。 阪神甲子園球には、照りつける太陽ので満員の観衆が詰めかけていた。 テレビの画面越しに映しされていたのは、全国野球選権会の決勝戦。胸に「GL」の文字を刻んだ純のユニフォームの選たちが、歓のをいながら優勝旗を掲げていた。
その輪のには、エースとして会を投げ抜いた倉田の姿があった。 画面ので、倉田は泣き崩れていた。だが、その涙は栄のびというよりも、すべての苦痛からようやく解放された堵の涙に見えた。 テレビを見つめる野寺の胸には、羨望も悔しさも湧かなかった。ただ、「倉田、き残ったんやな」という、戦友の還を確かめるような静かな堵だけがあった。
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会終、GL学園の暴力支配と池での事故の真相が公に裁かれることは、ついになかった。 優勝という圧倒な結果が、すべてのを覆い隠し、メディアは「過酷な練習を耐え抜いた屈の精神」と美談として称え続けた。そので、と体を破壊されて消えていった数名、数百名のたちのは、歴史の彼方へと葬りられていった。
を卒業した野寺は、関の私学の経済学部へと学した。 野球の推薦ではなく、般入試での学だった。の編入は度もグラウンドにを踏み入れず、バットを握ることもなかった。 学のキャンパスを歩く野寺は、どこにでもいる平凡な学だった。だが、彼の体には、あの青寮で叩き込まれた習性が、呪いのようにく刻み込まれていた。
目覚まし計が鳴る瞬に無識に目が覚めてしまう。 廊を歩く際、が向かってくると反射に壁際に寄り、直の姿勢を取ってしまう。 先輩や教官に声をかけられると、考するに「はい!」と喉を張りげてしまい、周囲から奇異の目で見られる。 そして何より、と話すときに自然な笑顔を作ることができなかった。笑おうとすると顔の筋肉が張り、川の「笑顔を見せたら顎を砕く」という号がの奥でフラッシュバックするのだ。
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「野寺君、いつもピシッとしてるね。体育会系?」 サークルの歓コンパで同級から尋ねられるたび、野寺は曖昧に笑って誤魔化した。 (体育会系なんてもんじゃない。ただの、脱兵や)
そんなあるの放課、学のくの川敷を通りかかったのことだった。 夕暮れのグラウンドで、元のリトルリーグの学たちが練習をしていた。 カキーン、と甲い属音が響き、球が夕空に放物線を描く。 ボールを追いかけてび込む子どもたち、エラーをして尻もちをつき、だらけになって笑いうたちの姿。
「おい、もっとへろ! 楽しんでいこうぜ!」 ベンチのでメガホンを持って笑っている若いコーチの姿を見て、野寺のが止まった。 の裾から覗く、属製のサポーター。 柄な体躯、焼けした笑顔。
「……坂井?」 野寺のから、無識に名が零れ落ちた。 ノックのを止めたコーチが振り返り、野寺の姿を認めた瞬、その目を丸くした。
「……実か!? 野寺実か!」 坂井がグラウンドを駆け寄ってきた。 ネット越しに向きう。数の歳が瞬で巻き戻され、昭60のあの暗い娯楽の記憶が、まばゆい夕陽ののに溶けしていった。
「兄貴のチームを伝ってるんだ」 川敷のの、パックのジュースをみながら、坂井は笑った。
その表には、かつて寮で見せた絶望な狂気のはどこにもなかった。 「退学したは々あったよ。
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