"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第2話
者へ払われた料
油の包みは、テレビのを浴びたせいで飴に変わっていた。封筒の表には特殊属の角印があり、裏側は度糊付けされたあと、蒸気で丁寧に剥がされたように波打っていた。だがに現は枚もなく、与細だけが残されていた。弘美はそので警察へ連絡せず、まず取り壊し責任者に作業を止めてもらった。
、警察は堂も戸棚も調べたはずだった。しかしテレビは会社の備品で、背面は壁に具で固定されていた。のあと誰かが封筒を背板へ押し込み、翌朝までにだけを抜いたのなら、包みが残るはずはない。初めから空だった能性を考えたとき、弘美は母が窓越しにかした唇をいした。
「テレビの裏を見て」と言おうとしていたのではないか。けれど、もし母自が隠したなら、なぜ裁判で所を言わなかったのか。弘美は包みのから折り畳まれたを見つけた。の氏名、所属、勤数がきされ、最部には《現なし。細のみ。相原に確認》と母の跡で記されていた。
翌、弘美は県警の相談窓を訪ねた。効や会社消滅の問題があり、すぐに再捜査とはならなかったが、証拠品としての保全は認められた。担当した若い刑事は、の記録が事実なら、窃盗事件より企業会計の正がになる能性を説した。
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弘美は母の無実を証したいと言いかけて、言葉をみ込んだ。静が個の封筒を隠した事実まで消えるわけではなかった。
弘美は古い聞を調べた。昭の第溶解炉事故は、溶融属を運ぶ取鍋が転倒し、が、が傷を負った事故だった。当は度成のさなかで、は幹線部品や競技設備の注文に追われていた。記事は「復興を支えるの劇」ときく報じたが、全管理の責任を問う続報は数で消えていた。
したの遺族のうち、所が分かったのは族だけだった。弘美は最初に、千葉で暮らす森フサを訪ねた。夫を歳でくしたフサは、畳での息子を育てたという。会社からは見がたが、正式な労災認定にはがかかり、社宅をかでるよう求められた。
弘美が昭の細を示すと、フサは老鏡をした。そこにはんだ夫・森隆夫の基本、危険当、族当が細かく記され、受領印まで押されていた。「この印鑑は主のじゃない」とフサは即座に言った。森の印は事故のあと会社へ返した作業箱に入っており、戻ってこなかったという。
さらに奇妙なのは族当だった。、夫妻には息子がいたのに、細には扶養族と記載されていた。
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しない族分まで、会社は者の名で計していたことになる。フサは鳴らず、台所から古いアルミ缶を持ってきた。には会社から届いた通や典返しの控えが、輪ゴムで束ねられていた。
そのに、昭付の《与受領確認のお願い》があった。フサが「夫はもうくなっている」と赤字でいて返送したものだった。しかし会社側は、所として戻ったことにし、回答を記録していなかった。封筒の消印と会社受付印ははっきり残っていた。
目の遺族も、目も同じだった。者の名義は事故も籍扱いとなり、毎の与が帳簿支払われていた。だが遺族には円も届いていない。しかも枚のうち、残るは民票にも記録にも見当たらず、で働いた痕跡すらなかった。
弘美は父の茂を訪ねた。歳になった父は脳梗塞の遺症でがかず、郊の古い戸建てにで暮らしていた。弘美が細のコピーを卓へ置くと、茂のから湯みが落ちた。彼はの名を見ただけで、「どこで見つけた」と聞いた。
「社宅のテレビの裏。お母さんが隠したの?」
茂は答えず、にこぼれた茶を布巾で拭こうとした。弘美が布巾を奪うと、父は初めて娘を睨んだ。「今さら調べれば、おまで戸籍を失う」
と言った。その言葉は、母の罪よりも解だった。料袋の事件と、娘の戸籍がどう結びつくのか。
茂は寝へき、押し入れの奥から古い朱肉箱を持ってきた。蓋には労働組の名があり、内側には分のさな認め印が収められていた。者と架空労働者の受領印を、誰かがまとめて管理していたのだ。
「これはおの母親が盗んだものじゃない」と茂は言った。「俺が作らされた。だが、万円がなかったと証したら、困るのは静だけじゃなかった」
弘美が理由を問うと、父は唇を結んだ。朱肉箱の底には、昭付で、茂の座へ百万円が振り込まれた控えが貼られていた。
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