"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第3話
万円はしなかった
の百万円は、郊なら付きのが買えるほどのだった。実際、茂は事件の翌、横浜のれにさなを買っている。娘には、退職と親戚からの借でに入れたと説していた。弘美は自分が育ったの柱や庭の柿のまで、母を売ったで作られたものに見えて吐き気を覚えた。
茂は振込控えを取り返そうとしたが、片ではかなわなかった。「会社からの止め料だったの」と弘美が聞くと、彼は「違う」と答えたあと、すぐに「全部が違うわけじゃない」と言い直した。曖昧な否定は、自分へ言い聞かせてきた言葉のようだった。
弘美はまず、盗まれたとされた現のきを確かめた。特殊属はに別会社へ吸収されていたが、清算資料の部は旧取引の倉庫に残っていた。裁判記録では、の午、経理主任が賃総額を現で引きしたことになっている。の伝票を照すると、百分の額しか引きされていなかった。
分、万千百円は、そもそもからていない。それなのに会社の賃台帳では全額を引きし、へ支払う直に盗難に遭ったと処理されていた。現が消えたのではない。しない与を、したように見せるため、空の封筒が用されていたのだ。
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弘美は元経理係の尾を探した。歳を越えた尾は老病院に入院していたが、会社名をすと目をいた。彼は会式の、労務主任の相原から種類の賃表を渡されたという。つはへ提する実者分、もうつは会社の帳簿へ綴じる増し分だった。差額は毎、設備修繕費や臨雇用費へ振り替えられた。
「なんでんだの名を残したんですか」
「きたは文句を言う。んだは印鑑さえあれば働き続ける」
尾の声には悔より、かつて理な仕組みだとっていた者のたさが残っていた。事故、会社は全設備を改善したと政へ報告し、額の補助を受け取った。だが実際の事は半分しかわれず、増し与は裏を作る管になった。取引先への接待、監督官への贈答、組幹部への謝礼がそこからていた。
の架空労働者は、相原が方の欄や簡易宿泊所の名簿から拾った名だった。の事故者を混ぜたのは、すでに事番号があり、健康保険や扶養報を流用できたからだ。の総額は千百万円を超えていた。輪景気ので、働いていない者たちが夜勤当まで受け取り続けていた。
では、静はなぜ空の料袋を持ちしたのか。尾によれば、静は事件の週、堂の付け払い帳と賃台帳の数がわないことに気づいた。
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夜勤者には券が配られ、代は与から引きされる。だが毎分だけ、事を度も取らない者から券代が引かれていた。
静は相原へ問いわせた。相原は向者だから気にするなと答えたが、彼女は納得せず、者の妻である森フサへをいた。そのを投函するに茂が見つけ、組内部で確かめるから待てと取りげた。翌から、静の周囲で妙なことが起き始めた。ロッカーを探られ、帰宅途にらないがついてきた。
事件当、静は空の封筒を証拠として隠す計画をてた。会式でが集まる夜なら、個の封筒が戸棚へ運ばれる瞬をくの者が見ている。あとから会社が「最初からしなかった」と言い逃れることはできない。静は封筒と細をテレビの背板へ隠し、翌朝、聞社へらせるつもりだった。
「つまり母は、戸棚をけたんですね」
弘美の問いに、尾は頷いた。静は鍵を使い、封筒を持ちした。窃盗罪の対象となる現はなかったが、会社の類を無断で運びした事実はある。完全に何もしていないではなかった。しかし、聞が報じた万円の盗難は、会社と部の組役員が作った物語だった。
尾は、静が隠し所をいたを茂へ渡していたとも話した。
「ご主なら翌朝、聞社へ持っていってくれると言っていた。だから藤原さんは取調べでも、最初は所を話さなかったんだ。証拠が先に会社へ戻されるのを恐れたんだろう」
弘美は父のへ戻り、テレビの裏をっていたかと尋ねた。茂はい沈黙のあと、静から確かに聞いたと認めた。だが封筒を回収しなかった。会社へも警察へも教えず、、壁のに放置した。
「なぜ」と弘美が叫ぶと、茂はで顔を覆った。「相原は俺に選ばせたんだ。静をだけ刑務所へかせるか、おの名をこの世から消すか」
その夜、弘美は初めて、自分の戸籍謄本を最初から最まで読んだ。届の提は、まれたとされるからかも遅れていた。届は父でも母でもなく、すでに廃院となった産院の医師だった。
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