"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第4話
母が盗んだもの、会社が盗んだもの
弘美の戸籍には、昭、藤原茂と静の女としてしたと記されていた。だが提は翌。戦の混乱がまだ残る代とはいえ、かの遅れは自然だった。備考欄には《庭裁判所許》の文字があり、その事件番号を照会すると、記録は保期を過ぎて廃棄されていた。
役所で戸籍を扱ってきた弘美は、記載がある限り、父の脅しのように簡単に名が消えるわけではないとっていた。しかし、そのものが虚偽の届なら話は別だった。茂は娘を怖がらせるためにげさな言葉を使ったのではない。自分たち夫婦が何かを隠して届けたことをっていたのだ。
弘美は母の裁判記録を読み直した。逮捕から、静は料袋を持ちしたことだけ認め、現は入っていなかったと主張している。ところが目の午、供述は突然変わった。《現が入っているとい、活苦から盗んだ。は摩川へ捨てた》と自し、翌には検察官のでも同じ内容を繰り返した。
を盗む者がを見ず、万円を川へ捨てる。あまりに自然なのに、当は予備鍵、質札、夫の目撃証言、本の自が揃ったことで疑問は押し流された。弘美は調の欄に、さな鉛きを見つけた。
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《夫、写真持参。被疑者に示す》。何の写真かは記録されていなかった。
元刑事の所をたどると、すでにくなっていたが、息子が遺品の帳を保管していた。そこには静の事件について、《本件、会社側の被害申告に疑問。現原資確認できず》とかれていた。さらに《から期送致の指示。輪期、労働争議化を避けたい向》とある。国な祝祭の最、の裏や事故が表にることを、会社だけでなく政も嫌っていた。
弘美は聞社の写真部に残っていた会式当のネガも確認した。堂で撮られた枚には、の戸棚が写っていた。扉のに静がち、相原と話している。そのろで、茂が娘の肩へを置きながら、妻のエプロンを見ていた。予備鍵が入る内ポケットの位置をる者は、夫だった。
問い詰められた茂は、ついに鍵を抜いたことを認めた。は相原がの配係へ命じて起こし、茂が混みに紛れて静のポケットから鍵を抜いた。しかし、静はそのに責任者の正規鍵を借り、封筒をテレビへ隠していた。相原たちは戸棚が空になったのを見て、彼女が証拠を持ちしたと気づいたのだ。
買い物籠へ鍵と質札を入れたのも茂だった。質札は静の箪笥から持ちした。妻を犯に仕てる準備をしながら、彼は相原に「証拠の所だけ聞きせば、逮捕まではさせない」
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と約束されていた。茂は自分が会社と妻のを取り持てると信じたかったのだという。
だが静は取調べで隠し所を話さなかった。そこで相原は被害額を万円と届け、会社の顧問弁護士が警察層部へ働きかけた。茂が引き返そうとしたときには、彼自の印鑑で作られた受領印、帳簿への署名、作への関与が会社に握られていた。
「お母さんを助ければ、自分も捕まるから黙ったの?」
「それだけなら、俺も緒に刑務所へった」
茂は押し入れから、茶い封筒をした。には、焦げた乳児院ので撮られた聞写真と、背に傷を負った幼児の診療記録があった。幼児の名は詳。推定か。昭、藤原夫妻が引き取り、同、弘美として戸籍へ記載された。
弘美はを置いた。自分が藤原夫妻の実子ではない能性より、母がそれを度も利用してを差し引かなかったことのほうが胸に刺さった。静は毎、誕だと信じるにさなケーキを焼いた。をせば夜通し背をさすった。その付が推定にすぎなかったとしても、母と過ごしたまで虚偽にはならない。
「施設の事で類が焼けた。引き取りのない子だった。静が堂の伝いにって、おを抱いて帰ってきた。
正式な養子続きには元の証がりず、産院の先が届をえてくれた」
当の続きは違法だった。しかし、子どもを売買したわけでも、誰かから奪ったわけでもない。問題は会社がどうやって秘密をったかだった。相原の兄は区役所の戸籍係に勤めており、社宅居者の元調査を請け負っていた。相原は弘美の届の自然さを見つけ、茂へ《告発すれば娘は施設へ戻される》と脅した。
ここでつの疑問は解けた。静は万円を盗んでいない。しない現の代わりに、裏を示す空の封筒を持ちしたのだ。会社が彼女へ着せた窃盗の核は偽りだった。
しかし、よりきな疑問が残った。娘を守るためなら、なぜ静は所、度も弘美に会いに来なかったのか。茂は「来なかったんじゃない」と呟いた。そして仏壇の引きしから、消印のない封筒を束で取りした。宛名はすべて弘美、差は静だった。
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