"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第5話
戸籍から消える娘
最初のは、静が刑務所へ入ってかにかれていた。《弘美へ。学で何を言われても、あなたは悪くありません。お母さんは、あなたに会えない理由をいつか必ず説します》。通目には、好きだったの献を尋ねる文があり、通目には、の靴がさくなっていないかとかれていた。
どれも封を切られていた。刑務所の検閲印のあとに、茂がけた痕がある。弘美は通ずつ付を並べた。役の半で通。所ので通。最のは弘美が歳になった付で、《成したあなた自の言葉を度だけ聞きたい》と結ばれていた。
「どうして渡さなかったの」
茂は、最初は相原の指示だったと答えた。静が娘と連絡を取れば、テレビ裏の証拠や帳簿の話が漏れる。会社は弘美の戸籍を告発し、茂も共犯として刑事責任を問われる。刑務所からのには事件の具体な話がけないため、黙って処分しても誰にも分からなかった。
だが会社が吸収併され、相原が退職したあとも、茂はを渡さなかった。弘美が歳のとき、静は所して横浜まで来ている。茂は駅の喫茶で妻と会い、「弘美はおを憎んでいる。棒の母親には会わないと言った」と嘘をついた。娘には、母は刑務所をたあと男と逃げたと話した。
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「守るためだったと言わないで」と弘美は言った。「歳の私は、自分で決められた。歳の私なら、もっと決められた。あなたは私を守ったんじゃなく、あなたが裁かれるから私をざけたのよ」
茂は反論しなかった。百万円は止め料だったと認めた。相原が会社の裏から振り込み、その代わり茂は妻の犯を裏づける証言を続けた。を買ったのは、社宅をて噂から娘を守るためだったと彼は言ったが、弘美には、そのこそ父が沈黙を毎返済し続けるための箱にえた。
弘美はを持ち帰り、夜けまで読んだ。静は度も「私は無実だ」と娘へ訴えていなかった。代わりに、罪を認めた理由を《あなたが名を失わず学へ通れるようにするため》とだけいていた。ただし歳の誕のには、自然な文があった。《あなたの本当のお母さんについて、私は何もりません。それだけは信じてください》。誰も実母の話など弘美へしていなかったはずだった。
翌、弘美は旧乳児院の災を調べた。昭、川崎内の民乳児院「恵寮」で夜にし、職員と乳児が、が救された。原因は油ストーブの転倒とされたが、名簿や寄付台帳が置かれた事務からがていた。救された子どものうち、だけ元となっている。
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当の護婦だった女性は歳を越えていた。弘美の背の傷痕を見ると、女性は泣きし、「あなたは静さんが拾った子ではない」と言った。事の、黒塗りので男が赤ん坊を連れてきた。正式な入所類はなく、院は額の寄付と引き換えに預かった。その男は特殊属の総務部にいた相原だった。
「相原が私を施設へ?」
「違う。運転してきただけ。赤ちゃんを抱いてりた女のがいた」
護婦は古いアルバムから、乳児院の寄付者慰問の写真を示した。央には特殊属の創業者・黒崎源郎、その隣に当歳の相原がっていた。そして列に、顔を半分隠すように写る若い女性がいた。写真の裏には《黒崎女・澄子》とかれていた。
澄子は事の直に方となり、戸籍は翌、川へを投げてしたことになっていた。だが遺体は見つかっていない。会社が弘美のを告発できなかった本当の理由は、続きの正だけではなかった。告発すれば、創業者のと元の赤ん坊との関係まで調べられる。
弘美がその事実を父へ伝えると、茂は初めて怯えた顔をした。「静には調べるなと言われていた。おを産んだを探せば、あの事まで戻ることになるから」
「お母さんは、何をっていたの?」
茂は答えず、仏壇の段からさな桐箱を取りした。には静の裁判初公判の、茂が取調へ持参した写真があった。乳児院の焼け跡に、救された弘美を抱く静が写っている。その裏面に、相原の跡でだけかれていた。
《自しなければ、この子を黒崎へ返す》
だが写真の端には、茂も弘美もらない女が写り込んでいた。い包帯で顔の半分を覆い、静の腕のの赤ん坊へを伸ばしている。護婦はその女を見た瞬、声を失った。
「澄子さんです。んだことにされたあとも、きていたんです」
そして写真の裏にはもう枚、いが貼り付いていた。剥がすと、静の字でく記されていた。
《弘美を産んだのは澄子ではない。私です》
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