"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第7話
背に傷のある子
の痣と背の傷。その違いだけなら、の取材メモを絶対の証拠にはできなかった。痣は成とともにくなることがあり、記者がの乳児を見誤った能性もある。しかし弘美には、自分の血筋を決めるため以に、静が何をりながら母であり続けたのかを確かめる必があった。
記者の娘から受け取った資料には、澄子が預けた封筒の宛先もあった。富県岡の寺である。職は代替わりしていたが、古い過帳と緒に、封されていない布包みが保管されていた。先代から「藤原弘美という女性が訪ねてきたときだけ渡せ」と言われていたという。
包みには、本のへその緒と通の証、それに澄子のが入っていた。本には《静女児》、もう本には《澄子女児》と墨で記されている。昭当の血痕が残っていれば、親族関係を調べられる能性があった。弘美は県警を通して鑑定を依頼した。
で澄子は、事の夜の来事を告していた。黒崎が乳児院の裏帳簿を奪いに来るとり、静へらせにった。、煙ので澄子はの赤ん坊を抱えたが、梁が落ち、を放した。静が拾いげた子には背にが燃え移り、もうは救急ので息を引き取った。
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混乱の、名札はれていた。
静はき残った子を抱き、誰の子かを確かめようとした。ところが澄子は「私の子はに痣があった」と言い、助かった子には痣がなかった。そのため静は、き残ったのは自分の娘だと考えた。だがした子の遺体は黒崎が引き取り、葬を急いだ。の確認はできなかった。
ここまでなら、静は実子を育てたことになる。ところがの半で、澄子は別の事実をかしていた。黒崎へ追われる、彼女は自分の子のの痣を覚えていた。しかし乳児院へ預けられたあと、院がの名札を図に交換した能性がある。黒崎から額の寄付を受け、澄子の子を別として養子にす準備をしていたからだ。
「私は静に本当の疑いを言えなかった」と澄子はいた。《あのは自分の子が助かったと信じることで、を救えなかった夜をき延びていた。けれど弘美さんがになったら、血より先に、静があなたを選び直し続けたことを伝えてほしい》。澄子は自分が母だと名乗りるためではなく、確かな血筋に娘のを縛らせないため、証拠を残したのだった。
鑑定結果は週にた。弘美と茂に血縁はなく、弘美は《澄子女児》と記されたへその緒の母系と致した。《静女児》のへその緒とは致しない。
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つまり弘美は澄子の娘であり、静の実子は災でくなっていた。
弘美は結果を父へ見せた。茂は、静がき残った赤ん坊を抱いて戻った夜から、実子かどうか疑っていたと認めた。妻の産をりながら、療養所の噂を恐れ、見いにもほとんどかなかった。事のあと、赤ん坊のに痣がないことへ気づいたが、静が壊れそうな顔で「この子は弘美」と言ったため、問いただせなかった。
「じゃあ、お母さんは最まで、私を実の娘だとっていたの?」
茂は首を振った。事件の取調べで相原が写真を示したとき、「黒崎の血を引く子だ」と告げたという。自しなければ黒崎へ返し、違法な届で夫婦を逮捕すると脅した。静はその瞬、自分が育てた子が実子ではない能性をった。
それでも彼女は罪を認めた。血がつながっていないと分かったから弘美を放したのではない。分かったあとに、娘として守ることをもう度選んだのだ。弘美は、静のにあった《本当のお母さんについて、私は何もりません》という文のを理解した。母は嘘をついたのではない。澄子がきていることも、どこへったかも、本当にらなかった。
だが、なぜ会社は弘美を黒崎へ返すとまで言ったのか。創業者の孫なら、むしろ表にせないのはずだった。
弘美が疑問をにすると、茂は百万円の振込控えを指した。止め料は、静を罪にする報酬だけではない。そのは黒崎源郎個の座からていた。
源郎は、澄子の子の父親が男だと認める代わりに、娘のを永久に消そうとした。だが昭、男は病し、正妻とのに子がいなかった。弘美は法律認されていなくても、黒崎唯の血縁となった。相原が「返す」と言ったのは養育のためではない。相続権を利用し、会社の株をかすためだった。
料袋事件は、静を黙らせるためだけに作られたのではなかった。会社の裏を隠し、事故者の遺族をざけ、さらに弘美のを将来の具として確保する。そのつが、同じ相原のので結ばれていた。
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