"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第10話
の町の堂
葉の所は空方の炭鉱町だった。炭鉱は昭代に閉し、社宅のくはに潰されていた。弘美が訪れた平成の、駅商にはシャッターが並び、かつて交代の鉱夫で賑わった堂も板だけを残していた。静が働いた「こまどり」は、元主の娘が倉庫として使っていた。
主の娘は静を覚えていた。無だが帳簿にく、料には若い鉱夫たちへ、封筒を酒へ持っていくにへ半分置いてこいと叱った。事故で夫をくした女たちには、残り物だと言って弁当を渡した。自分の族について尋ねられると、娘がいるが会わない約束をした、とだけ話したという。
静は昭、を辞めていた。京の聞で特殊属が併される記事を読み、川崎へ戻ると言った。裏を管理した相原や旧役員の力がまり、テレビ裏の証拠を回収できると考えたらしい。しかし彼女は川崎の社宅に姿を見せなかった。
弘美は事故や事件を予したが、元主の娘は首を振った。静からにが届き、《証拠はまだ壁のにある。けれど弘美の暮らしを壊してまですべきか迷っている》とかれていた。母は真実を忘れたのではない。娘が結婚しているという茂の嘘を信じ、名乗りれば庭を壊すとっていた。
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そのの消印は野県松本だった。内の女性自支援施設へ問いわせると、藤原静という名の元職員が平成までみ込みで働いていたことが分かった。だが施設は、本の同なく所を教えられないと答えた。弘美は通ののうち、最初と最の通だけを預けた。
、施設から話が来た。静は内の病院に入院しており、面会を希望している。ただし娘が真実をったからではなく、自分で会うと決めたに限る、と伝えてほしいという。弘美はその言葉に腹がった。会うかどうかを決める権利を尊するふりをして、また母が条件をつけたようにじた。
それでも弘美は松本へ向かった。病のまで来るとが止まった。扉の向こうには、記憶のの歳の母ではなく、歳の老女がいる。抱きしめれば物語が美しく終わると期待する自分と、なぜも自分で確かめに来なかったのか問い詰めたい自分が、同じ胸のにいた。
静は窓辺に座っていた。髪はく、両の指は関節炎で曲がっていたが、茶を注ぐときで急須の蓋を押さえる癖は変わっていなかった。はい、何も言わなかった。静が最初に尋ねたのは、結婚しているのか、幸せなのかではなかった。
「べられないものは、増えた?」
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弘美は子どものころ参を皿の端へ寄せ、母に見つかっていたことをいした。「今はべられる」と答えると、静はさく笑った。その笑顔があまりに昔と同じで、弘美は泣く代わりにりをにした。
「が返ってこなかったら、まで来ればよかった。学ので待つこともできた。父の言葉だけを信じて、私が会いたくないと決めないでほしかった」
静は頷いた。「怖かった」と言った。刑務所へ入るまでは、娘を守るためなら何でもできるとっていた。だが所、を投げられ、雇用を断られ、茂から弘美が自分を恥じていると聞かされるうち、会わないことを犠牲と呼んで逃げるようになった。娘の幸せのためだと言えば、自分が拒絶される怖さを見なくて済んだ。
弘美は、母が会社の被害者であることと、娘へ会わなかった責任を分けて考えようとした。静は無実だから何も責められないではない。娘を守るため認罪した勇気と、そののい沈黙のさは、同じのにあった。
「あなたが私を産んだではないと分かった」と弘美が言うと、静は目を閉じた。「っていたの」と問うと、取調で相原から聞いたが、確信はなかったと答えた。血の違いを認めれば、自分の娘が事でんだことも認めなければならない。そのしみからも逃げていた。
「それでも、あなたを娘とわなかったはない。でも、その言葉を免罪符にしてはいけないね」
静は枕元から、さな学ノートを差しした。そこには架空与の仕組み、相原の指示、事故遺族への送、茂との面会内容が、付順に記されていた。再審に必な最の証拠だった。ただし最の数頁には事件ではなく、弘美へ聞きたい質問が並んでいた。好きなべ物、仕事、んでいる町、疲れたときにすること。
母は娘のを像で埋めず、空欄のまま残していた。
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