"昭和39年、空の給料袋を盗んだ女" 第12話
黒テレビの裏側
平成、旧社宅堂の部は、域労働資料館として残されることになった。取り壊しを免れた壁には煤と油の匂いが染み込み、窓際にはあの黒テレビが置かれた。修理して映るようにする案もあったが、弘美は背板をしたまま展示するよう頼んだ。何が映ったかより、映らない側に何が隠されていたかを見てほしかった。
展示ケースには個の空封筒、与細、堂の付け払い帳、の伝票が並んだ。説板には静を「勇敢な告発者」とだけかず、会社類を無断で持ちし、娘を守るため虚偽の自をし、そのは恐怖からく連絡できなかったことまで記した。を英雄に作り替えることも、棒に作り替えることと同じく、都の悪い部分を消す為だと弘美は考えた。
館の、事故遺族と元員が集まった。森フサは夫の細のでち止まり、受領印を指でなぞらなかった。「こののでは、あのはも余計に働いたのね」と言い、それから「でもには度も帰らなかった」と続けた。会社の謝罪より、その言のほうが展示のを正確に表していた。
静は松本から来たが、で挨拶することを断った。代わりに堂の厨へ入り、鍋で豚汁を作った。、会式のにした献と同じだった。
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ただし今回は券も与引きもなく、来た者が自分で椀を取り、必な分だけよそった。
茂も現れた。弘美が招いたのではなく、資料館へ寄付した組資料の確認に来ただけだった。彼は入で静を見つけたが、づかなかった。静も夫を見たものの、会釈だけを返した。いのあとに再会した夫婦が、抱きい庭を取り戻すことはなかった。
茂は弘美へ、さな袋を渡した。には、彼女が歳のとき使っていた費の封筒、の写真、母のに描いた静の似顔絵が入っていた。父が保していたことに弘美は驚いたが、「これで許してくれというではない」と茂は言った。
「分かってる」と弘美は答えた。「いを持っていたことと、お母さんからを奪ったことは、別々だから」
茂は頷き、展示の隅の子へ座った。弘美は彼を父と呼ばなかったが、追い返しもしなかった。それは解ではなく、真実をったあとの距を、自分で決めた結果だった。
午、元の学が見学に来た。の徒が、なぜ空の封筒を盗んだだけで刑務所へ入ったのかと尋ねた。弘美は、証拠がかったからではなく、皆が信じたい物語に証拠をわせたからだと説した。借のある女、夫が見た包み、なくなった鍵、返ってこない。分かりやすい話は、からがていないという最も単純な確認をにしてしまった。
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「じゃあ、悪いは誰ですか」
別の徒が聞いた。相原か、会社か、父か、嘘の自をした静か。弘美はすぐに名を挙げなかった。「だけを悪いにすると、そのがいなくなったあと、同じ仕組みがまた使われる」と答えた。命令した者、利益を得た者、怖くて黙った者、正しいとい込んだ者。それぞれの責任を混ぜずに見ることが必だった。
閉館、静と弘美は堂を片づけた。テレビのに残った子をね、窓の鍵を確かめ、厨のガス栓を閉めた。の夜、静は娘へ「ここをかないで」と言い残して奥へ向かった。その命令の続きのように、弘美はい、母が戻る所からけずにいたのかもしれない。
へる、静が「緒に帰ってもいい?」と尋ねた。弘美は、どこまで、と聞き返した。駅まで、と静は答えた。母はもう、当然のように娘のまでついてこようとはしなかった。
は夕暮れの跡を歩いた。煙突はなくなり、かつて酸洗いだったにはマンションの基礎が作られていた。くの器では、カラー画面に放送が映っている。昭、々が台の黒テレビへ未来を見ていた代は終わっていた。
駅で弘美は、静に学ノートを返した。《疲れたときにすること》の欄へ、しい答えをいていた。
《誰かに決められるに、自分で会いにく》
静は読み、ノートを閉じた。別れ際、弘美はまだ「お母さん」と呼べなかった。呼びたくないからではない。の呼び方を、そのまま今へ運ぶには、にあるがすぎた。
「来、松本へく」と弘美は言った。「今度は、私がくを決める」
静は「待っている」とだけ答えた。守るため、幸せのため、あなたのため、とは言わなかった。待つことを娘へ命令もしなかった。
個の料袋に、現は円も入っていなかった。静が持ちしたのは空の封筒だった。
だが会社が奪ったものは空ではない。者の名、遺族の暮らし、静の評判、弘美が母を信じる。茂が隠した通のにも、失われたを買い戻すは入っていなかった。
それでも、空の封筒が残っていたから、しなかったを証できた。届かなかったが残っていたから、母が忘れたのではないとることができた。何も入っていないものが、ときに誰かの嘘よりくを語る。
改札の向こうへ静が消えるまで、弘美はっていた。今度は置きりにされた子どもとしてではなく、自分ので見送るのとして。
そして静も、振り返らなかった。娘が追ってくると決めつけず、追ってこないと絶望せず、約束した来まで、自分の所で待つために。
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