"旅館に残された姉" 第1話
昭、旬。 野県部のあいに位置する渋湯(しぶゆ)温泉は、残の隙からフキノトウが顔を覗かせる遅いを迎えていた。 湯煙が細くちる畳の坂に沿って、造階建ての古い旅館が数軒ひしめきっている。その程に、煤けた杉皮葺きの根を載せた「藤乃」があった。客わずか。先々代が湯治宿としてき、いまは父の源蔵が帳に座り、母の千代が客と賄いを仕切っている。
午分。 凍てつくような気が張りつめる帳のに、歳の女・芳子(よしこ)の履くゴム靴の音が響いた。 井戸を汲みげ、氷のようにたいで巨な羽釜を洗う。米を研ぎ、竈に薪をくべる。吹きで息を吹き込み、赤褐ののがいがるのを見届けると、髪を入れずに魚焼き台の炭にを移す。
学を卒業したのから丸。 芳子はこのルーティンをたりとも欠かしたことがなかった。 板を雇ってはいるが、朝の焼き魚の仕込み、汁引き、分の鉢の盛り付け、そして朝呂からがってくる客たちの膳の配膳まで、実質に厨を回しているのは芳子のさな本のだった。
「芳子、号の旦が朝湯からがられたよ。お茶を淹れ替えておくれ」
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帳の奥から、母・千代のしゃがれた声がぶ。 「はい、いま持ってきます」 綿の割烹着の端で滴を拭い、急須に番茶の茶葉を放り込む。
朝の片付けが終われば、休むもなく客の布団げと掃除、シーツの洗濯が待っている。 番は置かず、を過ぎた女がいるきり。い敷布団を枚ねにして担ぎ、急な階段を何往復も駆けがる。掌の豆は潰れてくなり、爪のには消えない竈のの匂いが染みついていた。
午過ぎ。宿泊客を送りし、静まり返った帳で、郵便配達夫の乗る実用自転のチリンというベルの音が鳴った。 に落ちた数通の郵便物。 千代が腰をさすりながらにり、季の入った郵便受けから束を拾いげた。 何気なく束を改めた千代の細い指が、通の封のでぴたりと止まった。
差の欄には、朝体の黒々とした印刷。 『国 信越教育学 事務局』。 受取は、『藤原修平殿』――歳になる芳子の弟の名だった。
千代の表が、目に見えて張った。 周囲を盗み見るように素く首を巡らせる。帳の部で源蔵が昼寝のいびきをかいているのを確かめると、千代はその封を懐くにねじ込み、音を忍ばせて奥の茶のへと消えていった。
廊の雑巾がけをしていた芳子は、その異様な様子を物からじっと見つめていた。
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母のが、刻みに震えていた。 そのから、千代の奇妙なが始まった。 。。。 母は暇さえあれば茶のの奥、桐箪笥のにち、着物の隙を気にするようにを入れては、溜め息をついて引きしを閉めるのだ。
目の午。千代が所の共同浴の掃除にかけた隙を見計らい、芳子は引き寄せられるように茶のへを踏み入れた。 箪笥の段目。母の古い絣の着物の。 指先が、ざらりとしたのに触れた。
引きしてみると、それはすでに封された学からの封だった。 から滑り落ちた枚の通。 そこには、墨痕鮮やかに記されていた。
『格通 教育学部初等教育教員養成課程 藤原修平』
「……修平が?」 芳子は息を呑んだ。 弟が密かに学を受験していたことなど、族の誰もらなかったはずだ。 その、背の襖がピシャリとき、買いし籠を抱えた千代が血相を変えてち尽くしていた。
「芳子! 何を見てるの!」 千代は籠をに投げし、鬼のような形相で駆け寄ると、芳子のから格通をむしり取った。 その荒い息遣いに、芳子はたじろぎながらも問い詰めた。
「お母さん、これ……修平の学の格通でしょう? なんで隠してるの? もう入学続きの締め切り、じゃない!」 「静かにおし!」 千代は差し指を唇に当て、帳のほうを睨みつけた。
襖の向こうからは、源蔵が台帳を繰るパタパタという音だけが聞こえてくる。
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