"旅館に残された姉" 第5話
芳子は千代の目をまっすぐに見つめ、最の言を放った。
「お母さん。修平をするように、私のこともしはしてほしかった」
踵を返し、畳の坂を歩歩踏みしめて歩きす。 背で引き戸が激しい音をてて閉ざされた。 歳の。芳子は、全財産千円とさなトランクつを抱え、野のあいをにした。
しかし――この、芳子はまだらなかった。 彼女が向かった阪ので待ち受けていたのは、女というだけで包丁すら握らせてもらえない、男尊女卑の暴力が渦巻く厨の獄であったことを。 そして、芳子を失った藤乃に、像を絶する破滅の歯が回り始めたことを――。
野から急列と各駅を乗り継ぎ、。 芳子がりった阪駅は、煤煙との気、そして慣れない関弁がび交う、異様な巨都だった。
昭の阪は、に控えた本万国博覧会(阪万博)の建設ラッシュに沸きち、全体が貪欲な病に浮かされていた。 芳子は徳田の紹介状を握りしめ、堂島川のに広がる級・へと向かった。
黒板塀が続くの奥に、目指す割烹「千成(せんなり)」はあった。 数寄造りの豪奢な構え、打ちがる御の踏み。 裏から恐る恐る声をかけた芳子を迎えたのは、かつて藤乃に泊まった温な老板・徳田……ではなく、眉にい縦じわを刻んだ、半ばの刺方・吉岡だった。
広告
「……なんや、徳田の親父が言うとった田舎娘っちゅうんは、あんたのことか」 吉岡は芳子の粗末な絣の着物とトランクを瞥し、を鳴らした。 「親父は先、脳梗塞で倒れて郷里へ帰ったわ。今の厨を預かっとんのは、板の儂や」
「えっ……徳田様が……?」 目のが真っ暗になった。唯の頼みの綱だった恩が、すでにをっていたのだ。
「悪いがな、うちは流の旦衆相の割烹や。女を板に入れたら臭くなる、包丁が狂うっちゅうのがこの世界の常識や。徳田の親父の顔をてて置いてやるが、料理を教えてもらえるなんぞ甘いは捨てることやな」
案内されたのは、客席の華やかさとはかけれた、の暗い洗いだった。 のように積みげられた、油まみれの皿、巨なずん胴鍋、焦げ付いたすり鉢。
「今からあんたの仕事は、この洗いと、毎朝のからの荷受け、そしてゴミ捨てや。へたばったら即、クビやからな」
そのから、芳子のしい戦いが始まった。 藤乃での労働には慣れていたはずだった。しかし、千成の厨は「労働」ではなく「戦」だった。
で首まで赤に腫れがり、あかぎれから血が滲む。 力なアルカリ洗剤に皮膚を侵され、夜になると激痛で指が曲がらなくなった。 寝泊まりするのは、根裏の畳の物置部。
広告
布団を敷くスペースすら狭く、せんべい布団に倒れ込むと、目覚まし計が鳴る午までのように眠るだけの毎。
「おい、田舎娘! 皿の裏にまだ油が残っとるやないか! 目を皿にして洗わんかい!」 吉岡の声と共に、濡れた布巾が顔にんでくる。 の若い追い回しの男たちからも、「女のくせに板志望やて? の程をらんかい」と嘲笑され、わざといゴミ袋を押し付けられた。
何度も、泣きそうになった。 「週もすりゃ泣いて戻ってくる」と言い放った父の嘲笑が、の奥で霊する。 だが、芳子は絶対に涙を流さなかった。 歯をいしばり、割れた皮膚にメンソレータムを塗り込み、古聞をに巻きつけて痛みに耐えた。
ここで逃げせば、自分は「ただのの伝い」として消費されるだけのに戻ってしまう。 それだけは、んでも嫌だった。
千成で働き始めて、かが過ぎた末。 厨の片付けを終えた芳子は、帳を仕切る女将から呼び止められた。
「芳子さん、ちょっとおいで」 品な着物を着こなした初老の女将は、帳の机から枚の茶い封筒を取りし、芳子のに置いた。
封筒の表には、達な毛で記されていた。 『料袋 藤原芳子殿』。
「あんた、吉岡にどれだけ鳴られても、も休まんと朝に起きてくるそうやね。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 42 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 2 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 0 -
完結第13話
昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」
「天皇は、自分の命を助けてほしいと頼みに来る」 昭和20年9月、マッカーサーはそう確信していた。 敗戦国の元首が、処刑を免れるために勝者へ頭を下げる。 その“命乞い”を聞くつもりで、赤坂の公邸へ昭和天皇を呼びつけたのだ。 だが会見が始まり、天皇が口にしたのは、自らの処遇についてではなかった。 「すべての責任は、私一人にあります」 さらに続いた言葉を通訳が英語へ訳した瞬間、マッカーサーの手から煙草の灰が落ちた。 予定された会見時間は十五分。 しかし扉が開いたのは、三十五分後だった。 入室前には「ヒロヒトさん」と呼んでいたマッカーサーが、帰り際には自ら車の扉を開け、「陛下」と呼んで見送ったという。 ところがその直後、二人の会話を記録したはずの公式文書が、GHQの保管庫から忽然と消えていた。 そこには、敗戦後の日本の運命を変えかねない“ある発言”が記されていた。時代|歴史|昭和2.0万字5 0