"旅館に残された姉" 第6話
……これ、今分のや。万千円入っとる。よう頑張ったな」
芳子は、両でその封筒を受け取った。 指先が震え、息が詰まった。 、無休で働き続けても、度として渡されることのなかった「対価」。 自分の流した汗と、すり減らした骨の対価として、自分の名がかれた封筒。
物置部に戻り、灯のかりので封筒をけた。 千円札が枚。札ではないが、ピンと伸びた幣の束。 芳子はそのお札を胸に押し当て、声を殺して泣いた。
「私の……私のおだ」 自分の命のに、初めて社会が値段をつけてくれたのだ。 この万千円は、藤乃の巨な敷よりも、父のどんな美辞麗句よりも、く、尊いものだった。
数、芳子は郵便局へ向かった。 自分の活費を切り詰め、そのから千円を為替にして、野の藤乃の千代宛てに送った。 『お母さん、私は阪で元気に働いています。これは私の最初の料の部です。使ってください』 ほんのしの況を添えて。
親への当てつけではなかった。 自分はの労働者としてきているのだという誇りを、母に伝えたかった。
しかし――、芳子の元に現留の封筒が送り返されてきた。 に入っていたのは、芳子が送った千円為替。 そして、同封されていた枚の半。
そこには、父・源蔵のあの角張った、荒々しい跡で、たっただけ殴りきされていた。
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『の恵みはいらん。親を捨てた孝者の銭など、藤乃の敷居を汚すだけだ』
千代の添えきは、文字もなかった。 芳子は為替と半をじっと見つめた。 りも、しみも湧かなかった。ただ、胸の奥底で、実へと繋がっていた最の細い糸が、プツンと音をてて千切れる触だけがあった。
「……そう。なのね」
芳子は半を鉢のにくべ、にした。 そして、戻ってきた千円を、郵便局でしく作った自分の通帳へと預け入れた。 座名義は、『藤原芳子』。 この通帳の残が増えていくことだけが、これからの自分のの防壁になるのだと、固くに誓いながら。
方、野の渋湯温泉・藤乃は、芳子がってわずか週で、致命な能全に陥っていた。
「おい! まだ朝の焼き魚ががらんのか! もう半だぞ!」 帳から厨へ鳴り込んできた源蔵は、ち込める焦げ臭い煙に咳き込んだ。
厨のでは、齢の料理・松吉が、焦げ付いたイワナの塩焼きをに途方に暮れていた。 「旦……無茶言わんでくだせえ! 今まで仕込みも焼き台の加減も、全部芳子ちゃんがやってくれてたんです! 儂で分の魚を焼きながら、噌汁の汁取って、鉢の煮物まで作れるわけがねえ!」
「言い訳するな! 女のおヨネは何をしてる!」 「おヨネさんなら、さっき号の布団げで腰を痛めて、けなくなって倒れ込みました!」
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「何だと!?」
客からは、次々と呼びしの鈴が鳴り響いていた。 「お茶の急須に茶殻が残ったままだぞ!」「お湯がない!」「朝はまだか!」 声をげる宿泊客のに、千代が何度も額を畳に擦り付けて謝罪して回る。
千代の体は、すでに限界を超えていた。 これまで芳子がで背負っていた、い布団のげろし、シーツの洗濯、帳の記帳、そして勝の洗い物。 その全てが、を過ぎた千代の細い肩にのしかかってきたのだ。
「お父さん……求をしてください」 夜、帳の畳に倒れ込むようにして、千代が懇願した。 「所の農から、伝いのを……せめて洗いだけでも雇わないと、の客を迎えられません」
「馬鹿者!」 源蔵は帳簿を叩きつけた。 「今は万博ので、客が落ち込んでるんだぞ! しくをも雇ったら、件費で宿が潰れるわ! 芳子がやってた程度の仕事、おがし精をせば済む話だ!」
源蔵は認めようとしなかった。 芳子の労働が、客観な価値として額数万円に相当する「過酷な激務」であったことを。 それを認めれば、自分がにわたって実の娘を奴隷のように無償でこき使ってきたという、醜悪な事実を認めざるを得なくなるからだ。
「芳子の奴め……し脅せば戻ってくるとうていたが、気な……」
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