"旅館に残された姉" 第7話
源蔵は吐き捨てた。 だが、現実は酷だった。
に入ると、料理の際と清掃の備が温泉の噂となり、常連客が次々と隣の代な型旅館へと流れていった。 評判を聞きつけた旅代理からも、宿泊枠の縮を通告された。 藤乃の帳簿には、毎のように赤字の数字が刻まれていった。
昭、。 芳子が阪へてから、の歳が流れていた。
野の信越教育学を卒業した修平が、久しぶりに藤乃の敷居を跨いだ。 帳の奥から、すっかり髪が増え、腰を曲げた千代が転がるように迎えた。 「修平! よく帰ってきたねえ……さあ、がりなさい。お父さんも待ってるよ」
座敷に座る源蔵は、の経営難でやつれ果てていたが、男の顔を見るなり、尊な笑みを浮かべた。 「修平、学卒業おめでとう。……これでようやく、おが藤乃の若旦として帳に入れるな。俺もそろそろ隠居して、おに宿を譲る準備をする」
源蔵にとって、修平を学へかせたのは、あくまで「箔をつけるため」のな猶予に過ぎなかった。 卒の肩きを持つ跡取り息子が戻ってくれば、宿の信用も持ち直し、からの融資も引ける――そう信じ込んでいたのだ。
だが、修平は座布団に座ろうともしなかった。 リクルートスーツにを包んだ歳の面は消え、都会な青の顔つきになった修平は、内ポケットから枚の辞令の写しを取りし、畳のに置いた。
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「父さん、母さん。……俺、京の事務器メーカーに就職が決まったから。来週から向こうの寮に入る」
部のの空気が、瞬で凍りついた。 源蔵のが半きになり、数秒、鳴のような声が炸裂した。
「……何だと!? 就職だと!? 誰の許しを得てそんな真似をした!」 源蔵がちがり、修平の胸倉を掴もうとした。 だが、歳になった修平は、父の腕を静に払い落とした。
「許しなんていらないよ。俺のだ」
「貴様ッ! この宿のために、がどれだけしたとってるんだ! 芳子を追いしてまで、千代が血の滲むようないをしておの学費を面したんだぞ! 恩を仇で返す気か!!」
源蔵の絶叫に対し、修平はえ切った、底れぬ軽蔑を込めた瞳で父親を見据え返した。
「……俺が頼んだのか?」
千代が息を呑んだ。
「俺はあの、学へきたいと言った。でも、姉ちゃんを代わりにしてくれなんて、度だって頼んでない! ……母さんも父さんも、自分たちの都で姉ちゃんから料理のを奪い、無でこき使って追いしたんだろ! 俺にその罪を背負わせて、『おのために犠牲になったんだから宿を継げ』だって!? 虫酸がるよ!」
「修平……そんな言い方……」 千代が涙を流して縋り付こうとするが、修平は歩退った。
「俺は、この宿の呪いには関わりたくない。……京へく。度とここには戻らないから、そのつもりでいてくれ」
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修平はトランクをに、背を向けて玄関へと歩きした。 「待て! 修平! 戻れ!」 源蔵の狂乱の叫びも、千代の慟哭も、青のを止めることはできなかった。
男はった。 女もった。 静まり返った藤乃の暗い広に残されたのは、老いさらばえた夫婦と、崩壊寸の古い宿の残骸だけだった。
同じ頃、阪・。 割烹「千成」の厨は、仕込みの気で満ちていた。
「芳子! 鯛の潮汁、見してみろ!」 刺方の吉岡が、柄杓を差しした。 「はい!」
真っな板にを包み、掛けを固く締めた芳子が、皿に受けた汁をすする。 昆布の旨と、丁寧に焼きにした鯛の骨からた澄んだ滋。 「吉岡さん、し塩が勝ちすぎています。を垂らしして、酒で丸みをした方が、次のお造りの邪魔になりません」
吉岡は瞬驚いたように目を見張り、次いでニヤリと笑った。 「……へっ、気な舌になりよって。格や、直ししてお客さんにせ」
という歳は、芳子をただの洗い娘から、千成の厨に欠な「煮方・仕込み責任者」へと成させていた。 最初の、誰よりもく勤して野菜の桂剥きを練習し、板たちが捨てた魚のアラで汁を引く研究をねた。 その真摯な姿勢を、厳しかった吉岡や常連客たちが認めざるを得なくなったのだ。
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