みかん小説
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"旅館に残された姉" 第8話

今や芳子は、万千円を稼ぎ、輩の若い見習い男子たちに包丁の研ぎ方を教えるになっていた。

あるの夕方。仕込みを終えた芳子の元へ、女将が通のを届けてくれた。 野の消印。差は、母・千代だった。

ぶりの、母からの便り。 芳子は休憩のパイプ子に座り、震える指で封を切った。 便箋には、震えるような細い文字で、切迫した実の惨状が綴られていた。

『芳子へ。 おが阪へってから、が経ちました。元気でやっていますか。 修平は京の会社へ就職し、もうこの宿へは戻らないと言ってってしまいました。 板さんも先辞めてしまい、私も腰の骨を痛めて、もうつことすらままなりません。 お客さんの予約も断らざるを得ず、このままでは藤乃は畳むしかありません。 お父さんも、臓の持病がて、すっかり気になっています。 芳子、お願いです。過のことはに流して、へ戻ってきておくれ。 族みんなで、もう度やり直しましょう。 おが戻って伝ってくれれば、宿は助かるのです』

を読み終えた芳子は、窓のを見つめた。 夕暮れの堂島川が、茜に輝いている。

「族みんなで、やり直しましょう」 「おが戻って、伝ってくれれば」

芳子の唇に、たい笑みが浮かんだ。 を握りしめる指先に、力がこもる。

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の歳が流れても、母ののでは、自分は依然として「都の良い無償の労働力」のままなのだ。 弟に裏切られ、いよいよちかなくなってから、すがるように送ってきた。

芳子は机の引きしから枚の便箋を取りし、万をらせた。 への返信は、わずかだった。

『伝いなら、絶対に帰りません』

封をして、切を貼る。 芳子のには、片の迷いもなかった。 しかし――この拒絶が、頑迷な父・源蔵を、く阪のへと引きずりす、最の引きとなるとは、芳子自もまだ予見していなかった。

初の気が澱む阪・。 夕暮れ、料亭「千成」の勝に通じる狭いの片隅に、煤けた単の着物を着た柄な老女がち竦んでいた。

千代だった。 野から鈍列に揺られること余。膝と腰の痛みに顔を歪めながら、ようやく辿り着いたその所で、千代は勝のガラス窓の向こうを凝したままけずにいた。

厨のは、夕刻のを控えたすさまじい気と緊張に包まれていた。 くちる湯気の向こう、名い男衆の料理たちが号交じりに指示をばしっている。 その央、最も際の問われる汁引きと煮方の台のに、真っな板を着た女性がっていた。

髪を清潔なぬぐいでキリリと巻きげ、凛とした横顔で尺の柳刃包丁を握る物。

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千代のよくる、あのうつむいて田舎臭い絣の着物を着ていた芳子ではなかった。

「芳子さん、番テーブルの吸物、昆布の引きげを見ていただけますか」 歳の若い男の追い回しが、恐縮した様子で鍋を差しす。 芳子は無駄のないつきで杓を取り、の甲に垂らした澄んだ汁を舌先で転がした。

「まだい。あと秒待って。をわずかに落として、絶対に煮たせないこと。りがんでしまうわ」 「はい!」

芳子の指先は、迷いなく次の魚のごしらえへと移る。淀みない包丁の冴え、若い衆を従える落ち着いた声音。 千代は胸を突かれたように息を呑んだ。 自分の腹を痛めてんだ娘であるはずなのに、そこにいるのは、まったくらない「の職業」だった。

渋湯温泉の暗い勝で、竈のにまみれて「の伝い」を押し付けられていた頃の芳子の面は、どこにもない。 娘がをてからのという歳が、どれほど残酷で、どれほど豊かに彼女を鍛えげたかを、千代は見せつけられていた。

午を回り、夜の仕込みが息ついた頃、裏からゴミしにてきた芳子が、に佇む母の姿に気づいた。

芳子のがピタリと止まる。 「……お母さん」 千代は震える両を着物ので握りしめ、涙声で娘の名を呼んだ。

「芳子……会いたかったよ」

芳子はゴミ袋を所定の位置に置くと、エプロンでを拭いた。

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