"旅館に残された姉" 第11話
「鳥……いえ、藤原芳子です。本付で、料理責任者として着任いたしました。女将さん、よろしくお願いします」
「よ、女将さん……?」 千代が戸惑ったように目を瞬かせる。 帳の奥の机から、源蔵が煙の煙を吐きしながら、苦虫を噛み潰したような顔で姿を現した。 「……着いたか。荷物を部へ置いたら、すぐに今夜の客の仕込みにかかれ。組入ってる」
「はい。まずは厨を検分させていただきます」
芳子は自に荷物を置くも惜しみ、持参した真っな板に着替え、掛けを固く締めて厨へを踏み入れた。 を踏み入れた瞬、芳子の眉がピクリとねがった。
換気扇は油煙で目詰まりし、まな板の表面には黒カビが点している。 蔵庫をけると、いつ仕入れたのかも分からない凍のマグロのブロック、変した既製品の蒲鉾、業務用缶詰の煮物が雑然と詰め込まれていた。
「……酷い」 芳子は呟いた。
「おい、何を突っってるんだ」 源蔵が勝から覗き込む。 「献はいつもの宴会膳だ。刺の盛りわせに、ぷら、茶碗蒸し、寄せ鍋。昔から藤乃の定番で通してきたやり方だ。く魚を解凍しろ」
芳子は蔵庫の扉をバタンと閉めた。 そして、振り返って源蔵をたく見据えた。
「お父さん。この凍マグロも、既製品の蒲鉾も、すべて廃棄します」
「な……何だと!? まだえるものを捨てる気か! がかかってるんだぞ!」
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「こんなドリップのた凍魚や、缶詰の甘ったるい煮物をすから、客が逃げていくんです。ここは奥の温泉町ですよ。京や名古からわざわざ汽を乗り継いできたお客さんが、なぜ野の奥で、質の悪い解凍マグロをべなければいけないんですか」
芳子は持参した包丁巻きを調理台のに広げた。 鈍くる本の鋼の包丁。
「契約をいしてください。第条――『献の決定権ならびに材の仕入れ先選定の裁量は、すべて料理責任者に帰属する』。……今夜の献は、私がから組み直します」
「き、貴様ッ……!」 源蔵の脈が額に浮きがったが、芳子はに介さず、裏の靴を履いた。
「今から、所のへ入って菜を採ってきます。それから、千曲川のけ簀を回って、を吐かせた活きのいい岩魚を仕入れてきます。……女将さん、お勝の雑巾がけと、まな板の湯消毒をお願いできますか。料理として、管理のき届かない厨では仕事ができませんので」
呆然とち尽くす両親を残し、芳子は鮮やかなのこなしで厨をびしていった。 藤乃の旧態依然とした厨に、という名の嵐が吹き荒れようとしていた。
芳子の改革は、凄まじい反響を呼んだ。
その夜、宿泊した組の客に供されたのは、豪勢な凍マグロの舟盛りではなく、の皮に盛られた滋あふれる料理だった。
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朝に採れたてのフキと独活(うど)のきんぴら。千曲川の清流で締めた岩魚の洗い。元の噌でじっくり煮込んだ信州牛と根の呂吹き。 派さはないが、素材のが舌のでききと踊る本物の。
翌朝、客たちは帳で々に嘆の声をげた。 「ご主、夕べの料理は見事だったよ! 特に岩魚の塩焼き、川魚特の臭みが全くなくて、骨まで柔らかかった」「頃の温泉宿はどこも同じようなぷらばかりで飽き飽きしていたが、ここは本物だね」
源蔵は笑いを浮かべながら勘定を受け取っていたが、その顔には面くなさそうなが張り付いていた。 自分の守ってきた「定番の宴会料理」が全否定され、追いしたはずの娘の料理が絶賛されたことが、父としてのプライドを激しく逆撫でしていたのだ。
事件が起きたのは、芳子が着任して週が過ぎた曜の朝だった。 今夜は、元の建設会社の役員たちによる、名の型宴会が入っていた。
午、買いしから戻ってきた芳子は、厨の調理台を見て凍りついた。 台のには、芳子が懇の川魚養殖から予約していた岩魚ではなく、町のスーパーから仕入れられた、国産の巨な凍エビの箱と、凍マグロの赤が積みにされていたのだ。
「……これは、何ですか」
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