"旅館に残された姉" 第13話
悪による暴力よりも、を実にした「無自覚な搾取」こそが、の魂を最もく傷つける。
千代は畳に額を擦り付け、涙を流した。 「私も……そうだったから」
「え……?」 芳子が振り返る。
「私もね……若い頃、野の町にて、裁の仕てになりたかったの。女学の先にも推薦されて、があった。……でもね、うちの親に『弟を師範学へかせるために、おはに残って百姓を伝え』って言われて……諦めたのよ」
千代の枯れ果てたような告が、夜の厨に染み渡っていく。
「悔しかった……毎晩、布団ので泣いたよ。でもね、『女なんだから仕方がない』『のためなんだから仕方がない』って……そうやって自分を騙さなきゃ、きてこられなかった。……だからね、芳子。自分がしてきたから、あんたにも同じをさせて当たりだとい込んでたんだよ……。本当に、悪かった……」
犠牲の連鎖。 母親が背負わされた無が、無識のうちに、次の世代の娘へと受け継がれようとしていたのだ。
芳子は呼吸をつ置いた。 そして、母のまで歩み寄り、静かに線をわせた。
「お母さん」 その声には、りではなく、凛としたさがあった。
「お母さんがしたことは、私までする理由にはならないよ」
千代が顔をげる。 「代は変わったの。女だからって、娘だからって、誰かのの踏み台にされていい理由なんて、この世のどこにもない。
広告
……お母さんのはお母さんのものだし、私のは私のものよ」
千代は涙を拭い、何度も、何度もさく頷いた。 「……そうだね。あんたの言う通りだ。もう度と、あんたにをいたりはしないよ」
その夜を境に、千代の目から「娘を縛り付ける母」のは完全に消えった。 母と娘のにあった呪いは、半世紀のを超えて、ようやく断ち切られたのだった。
翌朝。 昨夜の惨劇で叩きのめされた源蔵は、昼くまで帳の奥からてこなかった。 正午過ぎ、やつれ果てた顔で厨へ現れた源蔵は、を着て仕込みをしていた芳子の背に向かって、絞りすように言った。
「……芳子。昨の仕込み代、全部おの座から引いておいてくれ。……これからは、献にも仕入れにも、俺は切をさん」
源蔵はそれだけ言うと、背を丸めて帳へ戻っていった。 頑固徹だった父のが、完全に折れた瞬だった。
全権を掌握した芳子の改革は、そこから本格化した。 まず着したのは、「客の縮」だった。
「お父さん、全を稼働させるのは今限りでやめます」 芳子の提案に、源蔵は目を丸くしたが、もはや反対する気力はなかった。 「奥のを閉鎖し、最組までに絞ります。団体客の宴会も、すべてお断りします」
「そんなことをしたら、売りげが減るだろうが……」
広告
「逆です」 芳子は帳簿を広げて説した。 「価な団体客を受けて、件費と材のロスで赤字をすより、本物の温泉と郷料理をしてくれる個客やご夫婦を組だけ丁寧にもてなす。その代わり、泊の宿泊料を、これまでの割増しに設定します」
芳子の料理は、その価格設定を補って余りある価値を持っていた。 は菜のぷらと蕗噌、は活け岩魚の塩焼きと信州蕎麦、は松茸と茸汁、は猪鍋と根菜の粕汁。 器にもこだわり、宿の物置に眠っていた先々代の古い輪島塗の椀や、素朴な美濃焼の皿を引っ張りして磨きげた。
さらに芳子は、徹底した原価管理を断した。 毎の仕入れ帳を複式簿記で几帳面に記帳し、材の廃棄率を従来の割からパーセント以へと激減させた。 浮いた経費で、これまで劣悪だった客の寝具を清潔な級羽毛布団へと買い替え、共同便所を洗の代な設備へと改装した。
客層が、劇に変わった。 騒がしい宴会客は消え、京や関から、静寂と本物の美を求める文化や学教授、企業の経営者たちが、繁く藤乃を訪れるようになった。
「藤乃の料理は、派さはないが、品品に命が通っている」 ある文芸誌の温泉紀でそう紹介されると、予約帳は数ヶ先まで埋まるようになった。
儲けはしない。 けれど、からの借は着実に減り、帳の庫には、健全な利益が毎確実に残るようになっていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 42 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 2 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 0 -
完結第13話
昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」
「天皇は、自分の命を助けてほしいと頼みに来る」 昭和20年9月、マッカーサーはそう確信していた。 敗戦国の元首が、処刑を免れるために勝者へ頭を下げる。 その“命乞い”を聞くつもりで、赤坂の公邸へ昭和天皇を呼びつけたのだ。 だが会見が始まり、天皇が口にしたのは、自らの処遇についてではなかった。 「すべての責任は、私一人にあります」 さらに続いた言葉を通訳が英語へ訳した瞬間、マッカーサーの手から煙草の灰が落ちた。 予定された会見時間は十五分。 しかし扉が開いたのは、三十五分後だった。 入室前には「ヒロヒトさん」と呼んでいたマッカーサーが、帰り際には自ら車の扉を開け、「陛下」と呼んで見送ったという。 ところがその直後、二人の会話を記録したはずの公式文書が、GHQの保管庫から忽然と消えていた。 そこには、敗戦後の日本の運命を変えかねない“ある発言”が記されていた。時代|歴史|昭和2.0万字5 0