みかん小説
本棚

"両親を亡くした私が旅行から帰ると、実家が消えていた" 第1話

のえ込みが骨にしみる12の夕暮れ、私の常は唐突に砕け散った。 警察からの話を受けたとき、受話器の向こうから聞こえる械な事務連絡が、誰の何を指しているのか瞬には理解できなかった。 父が、夕方の横断歩で型トラックにはねられたという。享72歳。定も民農園でにまみれ、毎朝のラジオ体操を欠かさなかった頑健な父が、言の別れも告げずに帰らぬとなった。

通夜と告別式のあわただしさが過ぎったあとも、実の居にはの沈黙が澱のように沈んでいた。 特に母の憔悴は痛々しかった。半世紀く連れ添った伴侶を唐突に奪われた衝撃は、70歳を過ぎた柄な体を内側から削り取っていくようだった。

「お母さん、しでいいからお粥をに入れて。お父さんだって、お母さんが倒れたらしむわよ」 私が差ししたのスプーンを、母は力なく見つめ、さく首を横に振った。 「ありがとう、美穂……。でもね、喉を通らないのよ。胸の奥に、いが閊えているみたいでね」

最初は、配偶者を失ったことによる度の因性ストレスだろうと私や方にむ兄は考えていた。 だが、を過ぎても母の衰は止まらなかった。わずか1ヶのに体は目に見えて減し、頬はこけ、肌は気へと変わっていった。

広告

ただ事ではない胸騒ぎを覚えた私は、母を説得して総病院の消化器内科へと連れてった。

複数の精密検査を経て、の乾いたが吹きす診察で医師から告げられた病名は、私たちの希望を無残に打ち砕いた。 「胃がんです。すでに肝臓と腹膜への播種が見られます。ステージ4……術による完全切除は極めて困難です。余命は、持って1とお考えください」

のが真っになった。父をくしたばかりのこのに、なぜこれほどの過酷な試練がねてりかかるのか。 しかし、絶望に暮れて涙を流しているすら残されていなかった。兄の雄は仕事の都で州に妻子と居を構えており、頻繁に実へ戻ることは叶わない。病と活の支援をに引き受けられるのは、で40分の距にむ私だけだった。

その夜、社宅に戻った私は、夫の雅也にすがりつくようないで切りした。 「雅也さん、お願いがあるの。お母さんの余命がくないの。体力にも精神にも、あの広い実にきりで置いておくことはできないわ。私たち、実に移ってお母さんと同居させてもらえないかしら」

居のソファでテレビのスポーツニュースを眺めていた雅也は、缶ビールをテーブルに音をてて置くと、あからさまにそうな顔で眉をひそめた。

広告

「はあ? 何言ってんだよ。この親父さんの葬式が終わったばかりだろ。まだおの親戚付きいに付きわされなきゃいけないのかよ。勘弁してくれよ、めんどくせえな」

あまりに淡な言葉に、を疑った。 「そんな言い方しなくたっていいじゃない。お母さんは末期がんなのよ。々の通院や事の管理だって、じゃとても無理なの。もし同居が嫌なら、私だけでもしばらく実に泊まり込みで病にかせてほしいの」

すると雅也は、今度はりをわにしてちがった。 「ふざけるな! その、俺の飯はどうするんだよ! 洗濯や掃除は誰がやるんだ? 俺にで事を全部やれって言うのか? 妻としての義務を放棄して実に逃げるなんて、都が良すぎるだろ!」

鳴り散らす雅也の顔を見げながら、私は言葉を失った。 55歳になり、男の修夜も女の彩も独してをた。これからは夫婦で穏やかに暮らしていくのだと信じていた26の結婚活の台が、元から音をてて軋むのをじていた。

「……わかったわ。私の都で迷惑をかけるのは申し訳ないとっているの。社宅に残るにしても、実に通うにしても、雅也さんのの回りのことはできる限りやるから」 私が項垂れてをげると、雅也は勝ち誇ったようにを鳴らした。

「だったら実へ引っ越してやるよ。その代わり、俺は切何もしないからな。飯の用も病の伝いも、おが全部でやれ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: