みかん小説
本棚

"兄の結婚式に、実の妹の席だけありませんでした" 第1話

の半ばを過ぎると、夕暮れの訪れは目に見えてくなる。作業の窓際にある業用ミシンの元灯だけを残して内の照を落とすと、硝子窓のをき交うのヘッドライトが、え始めたアスファルトを規則にく撫でていった。

歳になる私、津理(つむら りさ)は、駅から歩いて分ほどの宅のれで、の仕て直しと修繕を請け負うさなをで営んでいる。祖父の代には煙だったという築を超す造舗を改装し、裁断台とミシン、それに母から持ってきた古いパイプ子を脚並べただけの簡素なだ。名ブランドの華やかなドレスを仕て直すこともあれば、所の齢者が持ち込む擦り切れたスラックスの裾を補することもある。決して派な商売ではないが、客が着を抱く着に針を通し、再び息を吹き込むこの々に、私は私なりの誇りを持っていた。

「リサさんのお、今度ぜひ遊びにかせてくださいね。お気に入りのリネンワンピースがあって、丈を直したいとっていたんです」

ヶ、実くのさな本料理で初めて顔をわせたの、根ゆかさんの言葉がの奥に蘇る。

歳になる兄の幸介(こうすけ)から「紹介したい女性がいる」

広告

と連絡を受け、ぎこちなく同席した席だった。ゆかさんは兄より歳で、元で代々続く卸問の娘だと聞いていた。初めは緊張の面持ちだったが、私の仕事について尋ねると、真っ直ぐな瞳をらげて微笑んでくれた。兄も終始穏やかな表で、ビールグラスを傾けながら嬉しそうにゆかさんの言葉に頷いていた。代の頃の兄の顔に張り付いていた、あの神経質で焦燥に満ちたは綺麗に消えり、ようやく落ち着くべき所に辿り着いたのだと、妹としても堵したのを覚えている。

の結婚式はに決まったと、その席で聞かされていた。当然、私も内の末席に座り、兄のれ姿を拍で見送るつもりでいた。冠婚葬祭用の黒いアンサンブルにほつれがないか点検し、受付で渡す御祝儀袋の準備までえていた。

ところが、式の週になっても、私の元には招待状が通も届かなかった。

最初は単なる郵便事故を疑った。あるいは、内だからとわざわざ郵送せず、実にち寄った際に渡しされる段取りなのかもしれない。そう自分に言い聞かせていたが、カレンダーの付がめくられるにつれ、胸の奥にさな棘が刺さったような違がじわりと広がっていった。内とはいえ、席次や引き物の配があるはずだ。

広告

欠の返信期はとうに過ぎているのではないか。

の午、私は作業台の隅に置いていたスマートフォンをに取った。迷った末に発信ボタンを押したのは、実の母・志保(しほ)の携帯番号だった。

呼びし音が回鳴り、聞き慣れたのんびりとした声がスピーカーから流れた。

「はいはい、理? どうしたの、こんなに」

「お母さん、今ちょっといい? 仕事だったらごめんね」

「いいわよ、ちょうど洗濯物を取り込んでいたところ。何か急用?」

私は息をえ、できる限り角がたないよう、るく平板な調子を装って切りした。

「あのね、お兄ちゃんの結婚式のことなんだけど。招待状がまだうちに来てないみたいで。郵便事故か何かかなとって確認したくて」

受話器の向こうで、微かな擦れの音がピタリと止まった。

ほんの秒、あるいは秒の沈黙だった。だが、それは波の調などではなく、相が咄嗟に言葉を選び、喉の奥で測り直しているの、紛れもない空だった。

「……あ、理。ごめんね」

受話器から返ってきたのは、普段の母の声とはらかに異なる、妙に猫撫で声のような、甘く取り繕った響きだった。私の背筋を、たいが筋流れ落ちていくような悪寒がる。母がこの声音を使うは決まって、何か都な事実を隠蔽しようとしているか、誰かに責任を転嫁しようとしているだと、幼い頃からの経験で体が記憶していた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: