"長女の命日、夢に現れた娘が告げたこと" 第2話
1200万円の借
へ着くと、ひなは客の布団へ横になった途端に眠ってしまった。
奈緒はリビングのソファに座ったまま、しばらく何も話さなかった。私は湯を沸かし、昔から娘が好きだっためのほうじ茶を淹れ、両で包めるきさの湯呑みをへ置いた。
「今は何も話さなくてもいいから」
奈緒は黙って頷いた。
湯呑みを持つが、さく震えている。
それを見ただけで、今だけの来事ではないことが分かった。
「……健太の」
しばらくして奈緒がをいた。
「借があるの」
「どれくらい?」
「私も最までちゃんとらなかった」
線を落とす。
「千百万円くらい」
私はすぐには答えなかった。
健太はからさなを経営している。
当初は景気が良く、私たちのではいつもがよかった。誕にはを持ってきて、「奈緒さんには苦労をかけないようにします」とまでげた男だった。
「いつ聞いたの」
「かくらい」
「それまでの状態は?」
「し苦しいとは聞いてた。でも、こんな額だなんて……」
をもう軒そうとして失敗したこと。
仕入れ先への未払いが膨らんだこと。
借り換えを繰り返していたこと。
奈緒がらないところで、健太の資繰りはかなり悪化していたらしい。
「それでマンションを売ればいいって」
奈緒は続けた。
広告
「あそこを売れば、ローンの残りを払ってもまとまったおが残るから」
「嫌だと言ったのね」
奈緒は顔をげた。
「言った」
その声だけは、しかった。
「あそこはひながきくなるまでむつもりで買ったなの。結婚するに、自分で貯めたを入れて買った。だから嫌だって」
「それで?」
「最初は話しいだった」
だが、何度断っても同じ話が繰り返された。
妻なのにたい。
族が困っているのに自分の財産だけ守るのか。
俺が破産してもいいのか。
ひなに貧しい暮らしをさせたいのか。
そして、その言葉に千恵子さんまで加わった。
「今、朝から来てたの」
産会社も呼ばれた。
類も用されていた。
奈緒は最まで署名を拒んだ。
健太は苛ち、首を掴んだ。
「印鑑を押すだけだって」
奈緒の声が震える。
「をしてって言ってもしてくれなかった」
私は目を閉じた。
鳴りつけたい気持ちはあった。
だが今必なのは、健太へのりを奈緒へ浴びせることではなかった。
「、病院へきましょう」
「このくらいなら丈夫」
「怪がいか軽いかだけの話じゃないわ」
奈緒がこちらを見る。
「いつ、どうしてできた怪なのか。きちんと記録を残しておくの」
「警察まで来たし……そこまでするの?」
「するわ」
私は言い切った。
「それと相談窓にもく。あなたがで判断しなくていいように、第者に入ってもらう」
広告
奈緒はすぐには頷かなかった。
自分がげさにしているのではないか。
夫のが苦しいのに、逃げてきた自分が悪いのではないか。
そんな迷いが顔にていた。
「お母さん」
「何?」
「私って、たいのかな」
「どうして」
「夫が千百万も借抱えてるのに、私はだけ守ろうとしてる」
「奈緒」
私は娘のを取った。
「族だから助けることと、怖がらせて財産を差しさせることは別よ」
奈緒の目から涙が落ちた。
「でも健太は、私が協力すれば全部丸く収まるって」
「それならどうして今、あなたはあんな顔をしていたの?」
奈緒は答えられなかった。
私はそれ以追い詰めなかった。
「今は眠りなさい」
「健太、ここに来るかな」
「来ても入れない」
「でも……」
「警察に相談した記録もある。何かあればまた呼ぶ。それでいいの」
奈緒はようやくさく息を吐いた。
客へ向かう背を見ながら、私はつの違を拭えなかった。
千百万円の借。
マンション売却。
今の暴力。
確かにきな問題だった。
けれど、奈緒が私たち族から距を置き始めたのは、もっとだ。
。
真紀がくなった頃からだった。
命がづくと、奈緒は特に連絡を避ける。
話をかけてもすぐ切る。
実へ来ることも減った。
そしてひなの言葉。
《お父さんがってるは、お母さんは話しちゃダメ》
借が分かったのはか。
それではの沈黙を説できない。
「奈緒」
客の戸を閉めようとしていた娘を呼んだ。
「何?」
「健太さんに、借以でも何か言われてる?」
奈緒の肩がねた。
ほんの瞬だった。
でも見逃さなかった。
「……何もないよ」
週と同じ声だった。
私はそのでは追及しなかった。
今の奈緒はすでに限界にい。
けれど確信した。
あのマンションで私が見たのは、問題の表面だけだ。
娘はまだ、私に言えない何かを抱えている。
そしてその夜。
眠れずにリビングへ戻った私は、テーブルのに置かれた奈緒のスマートフォンがるのを見た。
送信者は健太。
画面に見えた文章はだけだった。
《余計なを巻き込むな》
私はその言葉を見つめた。
余計な。
それは今の私のことなのか。
それとも――。
もっとに、誰かが「巻き込まれた」ことがあるのか。
---
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
夫の不倫相手の娘を9年育てた私の離婚
「離婚します。息子2人は連れていきます」 そう告げた雪に、夫と義母は11歳の理子まで連れて出ろと言い放った。だが理子は、雪の親戚の子ではない。夫が不倫相手との間にもうけ、9年前に雪へ押しつけた実の娘だった。 血のつながらない理子を母として育ててきた雪。ところが夫は、再び理子の実母と関係を持ち、3人の子どもをすべて雪に背負わせて「自由」になる計画を進めていた。 しかし二人は知らなかった。雪と理子の間に法的な親子関係がないことが、彼らを逃げ場のない立場へ追い込む最大の切り札になることを。嫁姑|夫婦|真相|ATM扱い|親子関係2.4万字5 10 -
完結第11話
夫に4千円を頼んだら、4千万円振り込まれた
母の検査代に必要な四千円すら用意できず、加奈は夫の勇人へ震える声で助けを求めた。ところが直後、口座へ振り込まれたのは四千円ではなく、四千万円。町工場で働き、擦り切れた靴を履き続ける夫が、なぜこれほどの大金を持っているのか。 帰宅した勇人が差し出したのは、十六年前に受け取った未公開株と、巨額買収を証明する書類だった。しかし、手続きは三か月も前から進んでいた。母の病気に苦しむ加奈へ、なぜ彼は何も話さなかったのか。 不信を募らせる加奈の前で、病床の母が静かに告げる。 「この子の秘密は、あんたと結婚する前から知っていたよ」 四千万円より重い、母と夫だけが抱えてきた十六年前の約束とは――。夫婦|親子関係|介護|金銭問題1.6万字5 4 -
完結第13話
兄夫婦を亡くした日、5歳の双子を家族にした
医師の美緒を育て、医学部まで送り出してくれた兄夫婦が、突然の事故で同時に亡くなった。残されたのは5歳の双子。16年前、自分を引き取ってくれた兄への恩を返すため、美緒は二人を育てると決め、婚約者の蓮へ一方的に別れを告げる。 「子供を育てることが、借金返済なのか」 蓮の言葉にも、美緒の決意は変わらなかった。ところが兄夫婦が残した《もしもの時》というファイルには、美緒を最初の相談相手に指定すると同時に、意外な一文が記されていた。 《美緒に一人で決めさせないこと。必ず桜井蓮にも相談する》 受け取った愛情を返すため、自分の幸せを諦めることは本当に正しいのか。二人の子供と婚約者、そして周囲の手を借りながら、美緒が「犠牲ではない家族」の形を探していく物語。兄弟姉妹|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 13 -
完結第17話
離婚したので、義実家への月50万円をやめました
「この家は俺と愛人と子供が使う。離婚後も、両親への月50万円は払い続けろ」 そう言って離婚届を突きつけた夫に、美緒は何も争わず署名する。夫は豪邸も高級車も手に入れたと思い込み、数日後、愛人と赤ん坊を連れて戻ってくる。しかし玄関の鍵は開かず、車も消えていた。家も車も、美緒が経営する会社の資産だったのだ。 さらに仕送りを止められた義母は、美緒の口座から500万円を引き出そうとし、愛人の住居契約からは偽造された署名が見つかる。嘘で築かれた「新しい家庭」が崩れ始める中、夫は美緒が離婚を急いだ本当の理由と、目前に迫っていた数十億円規模の契約を知ることになる。人生逆転|嫁姑|夫婦|真実|第二の人生|不倫1.7万字5 10 -
完結第11話
赤提灯から始まる逆転
濡れ衣を着せられ、会社を追われた天才技術者・鈴鹿行。半年かけて開発したセキュリティシステムを上司に奪われ、4500万円の損害賠償まで突きつけられた彼は、すべてを失った雨の夜、居酒屋で無銭飲食を疑われた老人の代金を肩代わりする。 翌日、上司が反社会的勢力と結び、システムを横流ししようとしていた事実が発覚。後輩まで人質に取られ、鈴鹿が追い詰められた瞬間、一本の電話が入る。 「十秒後に車が来る。迷わず乗れ」 現れた黒塗りの高級車に乗っていたのは、昨夜の老人だった。その正体は、鈴鹿の会社を傘下に持つ巨大企業グループの創業者。上司が盗んだシステムを自分の成果として披露する役員会で、二人はすべてを覆す反撃を仕掛ける。職場逆転|裡切られた|怒り|第二の人生1.6万字5 70 -
完結第12話
「もう連絡しないで」と言った娘から48件の着信
夫と親友に裏切られてから22年、恵子は一人娘の美咲を育ててきた。ところが結婚を目前にした娘から、突然「これからは夫の家族だけを大事にする。もう連絡しないで」と告げられる。恵子は追いすがらず、「そう、ありがとう」とだけ答え、結婚式の手配から静かに身を引いた。 翌朝、美咲から届いた48件の着信。式場への連絡が途絶えたことで、娘が密かに親族席へ加えていた二人の名前が明らかになる。それは、22年前に恵子を捨てた元夫と、かつての親友だった。 なぜ娘は、母に黙って二人を招いたのか。親子の間に積み重なった沈黙をたどるうち、元夫が語った「母が父娘を引き裂いた」という、もう一つの過去が浮かび上がる。夫婦|相続|親子関係|金銭問題|修羅場1.8万字5 194