"母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった" 第4話
「番号は?」
「そこまでは見てない。でも、しい番号の札は見たことがない」
その夜、は自分の作業着を箱から取りした。胸の内側には、母がい糸で縫ってくれた《317》の布片が残っていた。ではが辞めれば番号は欠番になるか、定期を置いてしいへ割り当てられると聞いていた。
ところが、はまだ辞めていない。
退職届にも判を押していない。
それなのに自分の寝台には、正式な番号をまだ持っていない15歳の女がいる。
は翌、千代と直接話すことを決めた。りたかったのは、森が何をしているかではない。
自分が故郷で母の棺のに座っていた3、ので「本」として働いていたのは誰なのか。
千代と話せたのは、それから2だった。夜勤けの女たちが寮へ戻るを見計らい、は共同のくで待った。千代はを見るとを止めたが、すぐに目を伏せ、逃げるように歩きした。
「寝台のことをってるんじゃないよ」
が声をかけると、千代はようやく振り返った。「私、らなかったんです。寮母さんに、ここを使えって言われただけで」
はくの駄菓子で温かい茶を2杯買い、先の子へ座った。千代は青森の農の4姉妹の女で、学をたあと、へ来た募集員から「寮費を引いてもへ送できる」
広告
と聞いて応募したという。ところが到着して1週以たっても、雇入れの類は「事務所で続き」と言われたままだった。
「料は?」
「最初のは会社で預かるって。逃げて帰る子がいるから、落ち着いてから渡すって言われました」
「それ、千代ちゃんだけ?」
千代は首を振った。緒に来た女のうちなくとも4が同じ扱いだった。全員、毎へ入り、糸継ぎや掃除から始めて、今では夜勤にも入っている。それでも自分の与袋を度も見ていない子がいた。
は胸の内側がたくなるのをじた。「へ入る、番号はもらった?」
「にいてありました。でも番号なんてみんな同じようなものだから、覚えてなくて」
「その、まだ持ってる?」
千代はし考え、「寮の荷物のにあるかもしれません」と答えた。
そのの夜、は文代と数字を並べ直した。辞めた女、期欠勤者、休暇の女。そこへしく来た女の数と入寮をねると、自然なほど期がっていた。誰かが抜けた直にしい女が入り、そのも古い番号が勤務表へ残る。
翌、久子がさらに1枚のを持ってきた。持ちせない勤務表を昼休みに便箋へき写したものだった。そこには芳の番号204の横に夜勤8とあり、その、同じ班にはしく入った女が1いた。
広告
「しい子の名は?」
「美津子ちゃん。でも勤務表には美津子ってどこにもない」
はようやく仕組みの部を理解した。しく来た女を正式な名簿へすぐ載せず、辞めた者や休んでいる者の番号で働かせる。その、帳面のでは古い女が働き続け、しい女には「見習い」「預かり」と説して満額を渡さない。
しかし、まだ分からないことがあった。古い女の名義で計された賃が、実際にはどこへっているのか。単にしい女の料をくするだけなら、しない残業まで増やす必はない。
「森さんだけでできるのかな」
文代が言った。
「勤務表は森さんがまとめる。でも料袋を作るのは事務所でしょう」
はうなずいた。森だけを悪者にすれば説できるほど、帳面は単純ではなかった。勤務表を受け取る者、与を計算する者、寮の名簿をき換える者。そのどこかで数字を見れば、退職者が働いていることに気づくはずだった。
夕方、千代が文代のを訪ねてきた。
「見つけました」
差しされたのは、のひらほどのい作業割当票だった。へ着いた翌朝、寮母から渡され、最初の持ちを教えられただという。千代の名は鉛でさくかれているだけで、その横にはきく3桁の数字が記されていた。
はを受け取り、息を止めた。
《317》
自分の番号だった。
だが本当にを震えさせたのは、そのの付だった。
108。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 98 -
完結第13話
父が開けた祝儀袋
昭和35年、結婚披露宴の最中、恭子は父が祝儀袋を次々と開けている姿を目撃する。豪華な宴も嫁入り道具も、すべて借金で用意されていたのだ。しかも婚家からは、「あなたの結婚のための借金」と返済まで迫られてしまう。 誰が望み、誰が支払うべき金だったのか。恭子が費用を一つずつ調べると、借入額には披露宴だけでは説明できない差額が見つかる。やがて明らかになったのは、父が娘の結婚と祝儀を利用して隠そうとした、もう一つの借金だった。 「家族のため」という言葉の陰で、誰かの人生や金を勝手に使ってよいのか。見栄と古い家族観に抗い、自分たちの暮らしを取り戻そうとする一人の女性の物語。時代|歴史|昭和|親子関係1.9万字5 181 -
完結第10話
昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父
昭和51年、炭鉱が閉山した3日後、保安係だった父・修一が姿を消した。玄関には泥のついた長靴と作業帽が残され、母は「探さなくていい」と口を閉ざす。だが娘が父の作業着から見つけた紙片には、閉鎖された坑道の名と、謎の時刻が記されていた。 調べるほどに浮かび上がる、改ざんされた保安記録、帳簿から消された作業員、そして会社が隠そうとする閉山直前の事故。やがて坑道に残された録音から、父が誰かを救おうとしていた事実が明らかになる。しかし数十年後に届いた父の名札には、さらに不可解な言葉が刻まれていた。 「北の出口から出た。家へは戻れない」 父はなぜ、生きて坑内を出ながら家族のもとへ帰らなかったのか――。時代|歴史|昭和|ミステリー|真相1.5万字5 217 -
完結第14話
震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた
昭和45年、母は20年以上もの間、同じ古い着物を大切に着続けていた。 娘の美紀は、母がただ節約のために我慢しているだけだと思っていた。正月の日も、特別な日も、新しい服を選ばず、何度も繕われた一枚の着物を身につける母の姿を、少し寂しく感じていた。 しかし、母が亡くなった後、その古い着物の中から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった母の過去を呼び起こす。 戦後の苦しい時代を生き抜いた一人の女性が、なぜその着物だけを手放さなかったのか。 長い年月の中に隠されていた家族の記憶と、母が守り続けた想いが、少しずつ明らかになっていく――。時代|歴史|昭和2.1万字5 215