"母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった" 第10話
富美はまだ顔が悪く、母親に付き添われている。文代、久子、千代、入りの女たちもいた。
は自分の退職届を持っていた。
の守が騒ぎに気づき、森を呼びにった。
「まだいたのか」
てきた森はを見るなり言った。だがろに並ぶ顔を見て、すぐに表を変えた。「何の真似だ。勤務の者はへ戻れ」
「今は私の退職を決めに来たんじゃありません」
は脇のさな受付台へ退職届を置いた。
森の元がわずかに緩んだ。「やっと分かったか」
は印鑑をさなかった。
代わりに自分の与細を1枚置いた。
次に芳の細。
富美の休職通。
久子がいた勤務記録。
そして央へ、千代の《317》の作業割当票を置いた。
「私は母の葬儀で岐阜にいた108、9、10に、ここで残業したことになっています」
森の顔がくなった。
「計算の――」
「芳さんは半に辞めています。でも先も夜勤したことになっています」
芳が歩へた。「4から度もへ来てません」
富美も診断を置いた。「私は9いっぱい就業できないと会社にも届けました。それでも6働いたことになっています」
森は周囲を見回した。には仕事を終えた女たちがち止まり始め、守が追い払おうとしている。のからも事務員が数てきた。
は千代を見た。
広告
千代は震えるで317のを差しした。
「私は108から、この番号で働けと言われました」
森がを取りげようとしたため、が先に押さえた。
「原本は渡しません。ここで見てください」
「おら、こんな切れで何が分かる」
森の声が初めてきくなった。
は声をげなかった。
「私が働いていない3、千代ちゃんが私の番号で働いていました。では、その3分の賃は誰に払ったんですか」
森は答えなかった。
「私には入っていません。千代ちゃんにも与袋は渡されていません」
「見習いの精算は末に――」
「芳さんの半分は?」
森の顔から血の気が引いた。
「富美さんの6分は?」
芳が細を机へ押しし、富美も続いた。
「全部、末に精算するつもりだったんですか」
が静かになった。
その、の事務責任者である経理課の瀬との神がてきた。森はすぐに「現の仮番号で混乱がありまして」と説を始めたが、はその言葉を待っていた。
「仮番号なら、どうして私は108に退職者として寝台までけ渡されたんですか」
は帰省・泊簿の記載内容をき写したをした。
「私の休暇は10まで、森主任の判があります。それなのに8には『戻らない』と寮へ伝えています」
神の線が、森へ移った。
森は初めて言葉を失った。
広告
しかしは、この点ではまだらなかった。
14の数字を調べれば、森を処分して終わる話にはならないことを。
翌から、は内部調査を始めた。
たちはすぐに勝ったわけではない。むしろ最初に会社が示した説は、森がでにしたものとほとんど同じだった。《規採用者の登録が遅れたため、に既番号を使用した》《現と経理の連絡に備があった》《最終精算であり、故の賃払いではない》という内容だった。
は組事務所でその説を聞き、悔しさより先に、自分たちの証拠のい部分を理解した。会社は番号の使い回しそのものを否定しなかった。その代わり、「あとで正しく払う予定だった」と言えば、千代たちがまだ与を受け取っていないことも説できてしまう。
「予定だった、という言葉は便利だ」
岩瀬が言った。「だから過の精算が実際にどうなったかを見る」
芳のようにすでに退職した者については、「あとで払う予定」は通用しない。半も経過しているのに1円も受け取っていないからだ。
会社側が保管していた芳の与台帳を確認すると、な数字がてきた。
204番には、確かに夜勤分の賃が計されていた。
しかも《支払済》になっている。
「私はもらってません」
芳ははっきり言った。
経理課の瀬は、「受領印がある」と台帳を示した。
そこにはさな丸印が押されていた。
芳は見た瞬に首を振った。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 98 -
完結第13話
父が開けた祝儀袋
昭和35年、結婚披露宴の最中、恭子は父が祝儀袋を次々と開けている姿を目撃する。豪華な宴も嫁入り道具も、すべて借金で用意されていたのだ。しかも婚家からは、「あなたの結婚のための借金」と返済まで迫られてしまう。 誰が望み、誰が支払うべき金だったのか。恭子が費用を一つずつ調べると、借入額には披露宴だけでは説明できない差額が見つかる。やがて明らかになったのは、父が娘の結婚と祝儀を利用して隠そうとした、もう一つの借金だった。 「家族のため」という言葉の陰で、誰かの人生や金を勝手に使ってよいのか。見栄と古い家族観に抗い、自分たちの暮らしを取り戻そうとする一人の女性の物語。時代|歴史|昭和|親子関係1.9万字5 181 -
完結第10話
昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父
昭和51年、炭鉱が閉山した3日後、保安係だった父・修一が姿を消した。玄関には泥のついた長靴と作業帽が残され、母は「探さなくていい」と口を閉ざす。だが娘が父の作業着から見つけた紙片には、閉鎖された坑道の名と、謎の時刻が記されていた。 調べるほどに浮かび上がる、改ざんされた保安記録、帳簿から消された作業員、そして会社が隠そうとする閉山直前の事故。やがて坑道に残された録音から、父が誰かを救おうとしていた事実が明らかになる。しかし数十年後に届いた父の名札には、さらに不可解な言葉が刻まれていた。 「北の出口から出た。家へは戻れない」 父はなぜ、生きて坑内を出ながら家族のもとへ帰らなかったのか――。時代|歴史|昭和|ミステリー|真相1.5万字5 217 -
完結第14話
震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた
昭和45年、母は20年以上もの間、同じ古い着物を大切に着続けていた。 娘の美紀は、母がただ節約のために我慢しているだけだと思っていた。正月の日も、特別な日も、新しい服を選ばず、何度も繕われた一枚の着物を身につける母の姿を、少し寂しく感じていた。 しかし、母が亡くなった後、その古い着物の中から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった母の過去を呼び起こす。 戦後の苦しい時代を生き抜いた一人の女性が、なぜその着物だけを手放さなかったのか。 長い年月の中に隠されていた家族の記憶と、母が守り続けた想いが、少しずつ明らかになっていく――。時代|歴史|昭和2.1万字5 215