"母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった" 第11話
「これ、私の判じゃありません」
芳が実際に使っていた印鑑は《吉岡》だった。ところが台帳の印は、よく見ると《吉田》にも見える粗い文判だった。
富美の6分にも受領印があった。
富美本は病にいた。
の葬儀の3分にも、すでに支払済の印がある。
「私、このを受け取っていません」
が言うと、瀬の表が変わった。
それまで「現の違い」と説していた会社にとって、話は別の段階へ入った。番号がに使われただけなら修正できる。しかし本が受け取っていない賃を《支払済》として処理していたなら、誰が受け取ったのかを説しなければならない。
調査は経理の支払記録へ広がった。
すると、同じような印が次々に見つかった。
退職者。
休職者。
期帰省者。
なくとも過1で21。
ただし、その全員のが森へ渡っていた証拠はなかった。現の支払いを担当した事務員は複数おり、班がまとめて受け取ることもあった。寮費や貸与品の精算と相殺された例もあり、記録は簡単には本につながらなかった。
森は調査として現をされた。
しかし本は、「を埋めるため会社の慣に従っただけだ」と主張した。
その言葉はにとって都が悪い方、でもあった。
もし本当に「慣」だったなら、森を辞めさせても同じことが続く。
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がで止められた理由をるには、誰がを取ったかだけではりない。
なぜ全体が、の女を帳面のから簡単に消せる仕組みになっていたのか。
そこまで確かめなければならなかった。
調査が始まると、たちを支持する者ばかりではなかった。
寮の女のには、「余計なことをしてが募集を減らしたら困る」と言う者もいた。故郷の妹を翌に呼ぶ予定の者もいれば、父親の借を返すため毎ほとんどの料を送っている者もいる。が悪いと分かっていても、なくなればもっと困るという現実があった。
堂で久子に向かって、「あんたたちのせいで残業が減った」と言った女もいた。調査は勤務表のき方を厳格にするため、急な員の入れ替えができず、部の操業が調されたからだった。
久子は落ち込んだ。
「私たち、違ってるのかな」
「をなくしたいわけじゃないよ」
は答えた。「働いたの名で、働いたをいてほしいだけ」
その単純なことが、実際には単純ではなかった。
方から量の若い女を集める紡績では、先やになると入退職がなる。族の病気、農繁期、結婚、体調良で突然帰る者もく、正式な類より先にがくことがあった。現ではそのたびに番号を作り直すより、空いた番号をに使うほうが楽だった。
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その「楽」がく続くうち、誰が本当に働いたのか分からない期がまれた。
そして分からない期には、をかす余ができる。
経理課の調査で、さらにつの事実が判した。入りの女へ正式な与袋が渡されるまでの《預り賃》は、現主任がまとめて受け取り、寮費や作業用品代を差し引いてから本へ渡す仕組みになっていた。
つまり森は、勤務表をまとめるだけではなく、入りの賃をに扱えるにもいた。
しかし森が全額を懐へ入れていたわけではなかった。
調査された過の帳面には、寮費の控除、実際には渡されていない作業用品代、退職者名義の残業代など、複数の自然な処理が混していた。の「仮処理」を誰かが利用し、別の誰かが見て見ぬふりをし、その結果として帳面そのものが信用できなくなっていた。
の神は組との話しいで、「会社として組織に賃を抜いた事実はない」と繰り返した。
岩瀬が尋ねた。
「では本さんが休暇1目に退職者扱いされたのは、誰の判断ですか」
神は答えられなかった。
「吉岡芳さんの受領印は誰が押したんですか」
それにも答えられなかった。
は話しいの端で黙って聞いていた。会社の誰かが「全部森がやった」と言えば簡単だったかもしれない。
だがそれでは、寮母が命じられるまま寝台を空け、経理が自然な印を見過ごし、入りが自分の番号さえらず働く仕組みは残る。
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