"昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた" 第2話
「でもがないと、母ちゃん困るだろ」
「困るよ」
志津はあえて否定しなかった。
「だから、母ちゃんが考える。信夫の仕事じゃない」
その夜、子どもたちが眠ったあとも、志津はに座って正の網を見つめていた。は港にある。網もある。へる腕もある。それなのに鍵と売りを握られただけで、正と15かけて築いた暮らしが、突然「男がいなければ続けられないもの」に変えられていた。
志津が最初に確かめようとったのは、徳蔵の言う「男の都」ではなかった。
正が残したは、本当に徳蔵が勝に決めてよいものなのか。
その答えを、自分で探すことにした。
翌朝、志津は港へかなかった。峠をつ越えた隣まで歩き、父と付きいのあった漁師・久兵を訪ねた。事を聞いた久兵はしばらく黙っていたが、浜に引きげてあった古い伝馬を指し、「沖へん約束なら使え」と言った。
発もないさなで、櫓を漕がなければまない。それでも志津には分だった。父のに乗っていた娘代、櫓の扱いは何度も叩き込まれていたし、潮見浦の浅なら鰯や鯵、蛸を狙える所もっていた。
源も黙って乗り込んだ。「正には昔、化のに引っ張ってもろうた。今度は俺の番じゃ」と言い、志津が断っても聞かなかった。は夜けに浜をれ、午8を過ぎるころには、鯵と鰯、それに蛸を3杯ほど底の籠へ入れて戻った。
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量は正と沖へていた頃の半分にも満たない。それでも売れれば米と噌を買える。志津は魚箱を抱え、いつもの集荷へ運んだ。
ところが係の男は、魚を度見ただけで首を振った。
「持って帰ってくれ」
「魚が悪いんですか」
「そうじゃない」
「なら量がない?」
男は答えず、奥にいた井を見た。
井は帳からてくると、「昨言っただろ」とだけ言った。志津が「これは正ので獲った魚ではありません」と説しても、井の返事は変わらない。徳蔵を通していない揚げは、潮見浦の共同売では扱わないという。
「この鯵に、誰が獲ったかいてありますか」
志津が尾を持ちげると、周囲にいた漁師たちが黙った。
「私が獲れば売れなくて、徳蔵さんが持ってくれば売れる。魚に男と女の名でもついているんですか」
「そういう言い方をするな。組には組の秩序がある」
「その秩序は、夫がんだ翌に妻から鍵を取ることですか」
井の顔がくなった。源がへ入ろうとしたが、志津は魚箱を抱え直し、「分かりました」とだけ言って集荷をた。
魚を捨てるつもりはなかった。
町まで歩いて魚を回ったが、結果はひどいものだった。取引先が決まっている、毎同じ量を持ってこられない者とは付きえない、漁協を通していない魚は面倒だと言われ、昼まで箱も空にならなかった。
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とはいえ差しがくなり、魚の目がしずつ濁っていく。志津は最に宅の並ぶ通りへち、「今朝の鯵です。朝獲れた鯵です」と声を張った。最初の2回は誰もてこなかったが、3回目に掛け姿の女が、戸から顔をした。
「いくら?」
志津が値段を言うと、女は驚いた。「魚よりいじゃない」と言いながら4尾買い、そので隣にも声をかけた。そこからさらに2がてきて、鰯も蛸もしずつ売れていった。
全部を売り切ったには午を回っていた。元に残ったはくなかったが、志津はそののうちに米と豆腐、子どもたちのための卵を買った。へ戻ると、信夫が銭を数える母のをじっと見ていた。
「売れた?」
「売れたよ」
「伯父さんに頼まなくても?」
「今はね」
志津はそれ以、きなことを言わなかった。売れたからといって、も売れる保証などない。それでも「徳蔵を通さなければ銭にもならない」と言われた魚が、自分ので町まで運べばになったという事実だけは残った。
次のも同じ通りへった。3目には「昨の女の」と呼び止められ、週には「は鰯を持ってきて」と頼むができた。幸子は学から帰ると魚箱を洗い、信夫は母がいた注文のを読みげた。
だが、8目の朝。
志津が隣の浜へ着くと、伝馬は砂浜から消えていた。
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