"昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた" 第8話
徳蔵は弟に疑われたとって腹をて、まともに取りわなかった。
「そのあと正は何か言っていましたか」
「組で聞くと言っとった」
「井さんに?」
「らん」
徳蔵はそこで線を逸らした。
正が数字を調べていたからといって、難事故と結びつける理由はない。志津もそこを疑うつもりはなかった。問題は、正が確認しようとしていた数字が、夫のと同に「徳蔵へを渡す話」へすり替わったことだった。
志津は漁協へき、12から今3までの貸付元帳を見せてほしいと求めた。井は「組の内部帳簿を好き勝に見せられるわけがない」と拒んだ。そこで志津は、自分が相続として正の債務を確認したいだけだと繰り返した。
「借を払えと言うなら、何を払うのか見せてください」
その言に、帳の空気が変わった。
井はしばらく考えた末、正の個勘定だけをき写したをした。残は1万8400円。徳蔵が最初に言った数字とぴったり同じだった。
志津はを持ち帰り、源の妻から借りた精算と照した。すると10の《臨控除 千円》と、今2の《返済 千円》が、貸付残から落ちていないように見えた。
計1万2000円。
差額と致した。
翌、志津はその2枚を持って井のへ置いた。
「この1万2000円はどこへったんですか」
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井はを見たまま黙っていた。
「正も同じことを聞いたんじゃないですか」
その瞬、井の眉がいた。
志津は見逃さなかった。
しばらくして井は、「10の6000円は網の共同購入分へ振り替えた。2分は発の部品代だ」と説した。だが志津はすぐ、「それなら返済とく必はないでしょう」と返した。
帳の若い係が顔を伏せた。
井は苛ったように机を叩いた。
「昔からこういうやり方なんだ。揚げから必なものを引き、残りを渡す。それで浜は回ってきた」
「必なものなら、正に分かるようにけばいいでしょう」
「漁師が円円まで帳面を見るか」
「見なかったから、んだあとまで借が残ったんです」
志津は初めて、井ので声をめた。
そのの夕方、へ戻ると、正の具箱が荒らされていた。目の物は何もない。なくなっていたのは、揚げ控えを束ねていた古い封筒だけだった。
幸子は「昼にらないは来ていない」と言った。
だが信夫が、裏のに残った跡を指した。
志津はそこで初めて、をに置いておくのをやめた。
誰かが、正の数字を調べられることを嫌がっている。
志津は集めた控えを澄のへ預けた。源には事を話したが、誰がへ入ったのかについては決めつけなかった。証拠のない疑いでを敵に回せば、井が番ぶとったからだ。
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代わりに志津は、漁師の妻たちへ声をかけた。
「計簿に、揚げのをいていませんか」
最初は何のことか分からない顔をされた。だが軒、軒と聞いて回るうち、夫が受け取った精算、油代、網代、借返済を計簿へいている女が何もいることが分かった。
男たちが「帳面なんか残っとらん」と言うでも、妻は米代を計算するため数字を残していた。漁協の帳簿ほど派ではない。聞の余、子どもの使い終わった学習帳、薬の暦の裏まで使われている。
だがと額は残っていた。
志津はそれらを借りて比べた。
すると正だけではなく、保証をてて漁具代を借りた3軒で、似たような《臨控除》が見つかった。借返済とかれているのに貸付残へ反映されず、から別の費用へ振り替えられている。
正にを抜いていると断定できるほど単純ではなかった。実際、油代のや網の共同購入、事故の曳航費など、浜全体で急に必になるはある。井たちは、そのたびに個々の揚げから細かく振り替え、帳簿の説を回しにしていた。
問題は、その「回し」が何も続き、誰のが何へ使われたか分からなくなっていたことだった。
正はそれに気づいた。
そして徳蔵の保証分だけでも、なくとも1万2000円のい違いを見つけた。
志津が調べているという話は、すぐ浜へ広がった。するとにも、文句を言いに来たのは井ではなく、何かの漁師だった。
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