"昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた" 第13話
志津は売、仕入れ、油代、氷代、の活費を別々に帳面へいた。子どもたちにも「にいくらあるか」を隠さず、ただし「りないから学をやめろ」とは決して言わなかった。
徳蔵への返済が終わった、志津は最の500円と端数を持ってを訪ねた。
「これで終わりです」
徳蔵はを受け取り、いつものように「領収か」と言った。
「もちろん」
徳蔵は笑いながらを取った。
《崎志津殿より、正代等残額を全額受領。これをもって完済》
志津は文章を読み、額と付を確かめてから受け取った。
徳蔵が呆れた。
「まだ読むのか」
「最だから余計に読みます」
徳蔵は何も言い返せなかった。
昭32の、信夫は14歳になった。
ある朝、学へくに魚箱を運びながら、「俺、学をたら漁師になりたい」と言った。
志津はすぐ答えなかった。
3なら、その言葉を聞くだけで徳蔵のへ連れていかれそうになったのことをいし、反対したかもしれない。
「どうして?」
「が好きだから」
「を助けるためじゃなくて?」
信夫はし考えた。
「それもある。でも、それだけじゃない」
「伯父さんに言われたから?」
「違う」
「父ちゃんの代わり?」
信夫は首を振った。
「俺は父ちゃんじゃない」
その答えを聞いて、志津はようやく笑った。
「なら、卒業まで考えなさい。源さんのにも乗せてもらって、伯父さんのにも乗って、母ちゃんの売りも伝って、それでもがいいとったら決めればいい」
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「母ちゃん、反対しないの?」
「なりたいなら反対しない」
「じゃあ決まり?」
「まだ決まりじゃないでしょう」
「なんで?」
「自分で決めるっていうのは、急いで決めることじゃないから」
信夫は満そうな顔をしたが、やがて笑って学へっていった。
志津はその背を見送りながら、3のをいした。
「俺が男だから」
泣きながらそう言った11歳のは、もういなかった。
族を救うために子どもが父親になる必はなかった。
へるなら、自分がを選んだからればいい。
それが志津がを取り戻したことより、ずっときな変化だった。
昭32の、町のの端にさな魚売りができた。根との台があるだけで、がければ吹き込み、には指先が凍えるような所だった。それでも志津にとっては、端で魚箱を置いて声を張りげていた頃とは比べものにならない。
板には《崎鮮魚》といた。
正がきていた頃なら、「崎」という文字は夫の名の続きのようにじたかもしれない。
今は違った。
仕入れるのは志津。
値を決めるのも志津。
帳面をくのも、代を払い、受け取るのも志津だった。
澄とフミは干物を作るに伝い、賃を受け取った。漁協ので値がつきにくい魚を持ってくる漁師も増えたが、志津はを敵にするような値段では買わなかった。
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「共倒れしたらがない」
それが3商売をして覚えたことだった。
漁協の共同販売所も残った。
井も浜にいる。
徳蔵も毎朝へる。
何もかもがひっくり返り、悪い者だけがから消えるような結末にはならなかった。
ただ、以とは違うことがいくつもあった。
揚げ精算には借残がかれるようになった。
別の費用へ回すには項目を分けるようになった。
漁師の妻たちも帳面を見るようになり、「うちの分も説して」と帳で聞く者が増えた。
そして志津のを見て、「女がをすと縁起が悪い」と言う者はまだいたが、なくとも漁協の窓で「女だから続きできない」と言い切る者はいなくなった。
あるの昼過ぎ、徳蔵が魚箱をつ持って売りへ来た。
「鯖だ」
志津は蓋をけ、魚の腹と目を確かめた。
「いくらですか」
徳蔵が値段を言う。
志津は首を横に振った。
「今はその値段じゃ買いません」
「またか」
「朝から鯖がいんです」
「しくらいく買え。内だろ」
「内と魚の値段は別です」
志津はいつもの買値をにいた。
「この値段なら買います」
徳蔵は腕を組んだ。
「全部だぞ」
「全部ならしがります」
「お、本当に容赦ないな」
「商売ですから」
3と同じやり取りだった。
けれど徳蔵はもう鳴らなかった。
しばらく考えたあと、「分かった。
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