"昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた" 第1話
帰ってきた男
「あなたがきていたとしても、もうこのは私たちのです」
昭2411。州部のさな町にたいがった翌朝、佐伯清太はぶりに自分ののへっていた。終戦からが過ぎていたが、シベリアに抑留されていた清太にとって、戦争はつい数週まで終わっていなかったようなものだった。
歳になった清太の頬はくこけ、の指は寒さでうまく曲がらない。背負っているのは擦り切れた布袋つだけだったが、柱も、軒の柿のも、父が据えた臼も覚えている。をれたと違うのは、空襲で焼けたという根がしく葺き直され、壁がく張り替えられていることだった。
清太は玄関先で何度も息をえた。港に着いたより、列から故郷のを見たより、今の方が怖かった。
戸を叩いた。
から子どもの声がした。
清太は瞬、息を止めた。
「浩か」
まだ顔を見たことのない息子の名が、自然にからた。
征した、妻の文子はだった。男の子なら「浩」と名づけようとで決め、その名を清太は戦でも収容所でも忘れなかった。原で眠れない夜には、歳になった息子がどんな顔をしているのか像しながら目を閉じた。
玄関がいた。
っていたのは文子だった。
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歳になった妻は、清太を見るなり戸にをついた。がいたまま、声がない。
清太も同じだった。
きて帰った。
その言だけを何百回も像してきたのに、実際に妻をにすると何も言えなかった。
やがて文子の腕ので、さな女の子がじろぎした。
歳ほど。
清太のらない子だった。
「……文子」
ようやく名を呼ぶ。
文子の目から涙が落ちた。
「清太さん……」
それだけだった。
清太は女児を見た。それから玄関の奥を見た。
「浩は?」
文子の顔が変わった。
「浩はどこだ」
度目に聞いた、の奥から男がてきた。
代半ばほど。作業着の袖をまくり、腕には械油の黒い染みが残っている。男は文子の腕から女児を受け取った。
その作があまりにも自然で、清太にはそれだけで関係が分かった。
「どなたですか」
清太が尋ねた。
男は文子を度見てから答えた。
「政男です」
文子が震える声で続けた。
「今の……夫です」
清太は何も言わなかった。
荷物の紐が肩へい込んだ。
くで荷が軋む音がし、隣の煙突から夕飯の煙ががっている。、帰りたいと願った故郷の匂いだった。
それなのに、自分だけが景の側にっていた。
政男が言った。
「へ入って話しますか」
清太は首を横に振った。
「浩はどこです」
文子が目を伏せた。
「ここにはいないの」
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「どこだ」
「姉さんの」
文子の姉・初枝は、列とバスを乗り継いだ先のへ嫁いでいる。清太も征に度ほど訪ねたことがあった。
「なぜ浩が初枝さんのにいる」
「いろいろあったの」
「何があった」
文子は答えなかった。
清太の声がくなる。
「俺の息子だぞ」
政男が歩へた。
「その言い方はやめてください」
清太が男を見る。
「何?」
「あなたがいなかったにも、浩君の活はありました」
「だから?」
「今帰ってきて、父親だから全部説しろと言われても――」
清太の拳に力が入った。
歩踏みせば、この男を殴れる距だった。
しかしかなかった。
戦では殴る理由など考えなかった。
だがここで殴れば、自分はこのへ乱入してきたらない男になる。
「俺はんだことになっていたのか」
清太が文子へ尋ねた。
文子はゆっくり頷いた。
終戦も便りがない。
部隊はきな損害を受けた。
帰還名簿にもく名が載らない。
文子は待った。
目にも待った。
その、焼けたを直し、浩を育て、糧を求めてくまで歩いた。政男はくの鉄所に勤め、空襲で妻と幼い娘を失った男だった。
最初は根を直しただけ。
次に戸を直した。
には薪を運んだ。
浩がをした夜には、医者を探してった。
清太のいないで、政男はしずつ「いる」になった。
「緒になったのはいつだ」
「」
「浩はそのから姉さんのところにいたのか」
再び沈黙。
今度は政男が答えた。
「からです」
清太は文子を見た。
「政男さんと夫婦になるから?」
文子が頷いた。
「どうしてだ」
「べさせられなかったから」
清太の顔からりがし消えた。
終戦直。
配だけでは到底りなかった。
浩は病で、何度もをした。農である初枝のなら、なくとも芋と米はある。
「じゃあ今は戻せるだろう」
清太が言った。
文子は目を閉じた。
「戻れないの」
「なぜ」
「浩が、自分で帰りたくないって言ったから」
清太は息を止めた。
その、政男の腕のの女児が顔をげた。
「おとうちゃん」
政男が「はいはい」と優しく答える。
清太には、そのさな言の方が拳で殴られるより痛かった。
自分の。
自分が植えた柿の。
自分の妻だった女。
らない男。
らない娘。
そして実の息子だけが、このへ帰りたくないと言っている。
清太は背負い袋を持ち直した。
「どこへくの」
文子が聞いた。
「浩のところだ」
「もう夕方よ。にしたら」
清太は振り返らなかった。
「待った」
そしてく続けた。
「これ以、晩も待てん」
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