みかん小説
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"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第1話

今から毎晩残れ

「直、今から仕事が終わっても帰るな。飯をったら作業へ来い。毎晩だ」

昭の、棟梁の榊原源造は、夕方の片づけをしていた俺にそう言った。鉋屑を集めていた箒が止まり、何か失敗をしたのかと昼の仕事をい返したが、当たりはなかった。理由を尋ねると、棟梁は柱にてかけた差しを取りげ、「返事は度でいい」とだけ言って母へ戻ってしまった。

俺は直、歳になったばかりだった。の、学を卒業すると同に、野の伊にある榊原務へみ込みで入った。には母とつの妹がいて、働きながらに職をつけられるという親戚の紹介に、母は何度もをげた。俺自はで物を作るのが好きだったが、親方ので過ごしたは、像していた修業とはまるで違っていた。

発の、母は駅のホームで、俺の着の襟を何度も直した。妹は泣くのをしていたが、汽がき始めると追いかけてきて、窓の向こうでを振った。俺はに見えなくなるまで笑っていたものの、のへ列が入るころには急に細くなった。歳の俺にとって、働くというのは族とれて暮らすことでもあった。

榊原の階には、俺のために畳の部が用されていた。

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布団とさな机だけの部だったが、窓からは作業の根が見え、朝は鋸の音で目が覚めた。最初の夜、棟梁は「遅刻するな」とだけ言い、おさんが洗面所と呂の使い方を教えてくれた。俺はしいの匂いを嗅ぎながら、母へ無事に着いたといをいた。

源造は歳で、から切りした材のように節くれったを持つ男だった。をけば「遅い」「雑だ」「目を使え」のつばかりで、笑ったところを見た者はいないと、先輩の田清吉さんが言っていた。初に俺が鉋を触ろうとすると、棟梁はその首をつかんで棚からし、「は掃除だ。刃物に触るのはい」と言い渡した。

それ以来、朝は誰よりく起きて作業の戸をけ、昼は屑を運び、夜は具を拭いて並べた。職たちが根にがるときも、俺はで材を支え、釘を拾い、弁当の空き箱を片づけた。褒められたことは度もなく、棟梁が鳴る声を聞くたびに、母ので「派なになる」と胸を張った自分がけなくなった。

ただつ議だったのは、どれだけ厳しく叱られても、棟梁が俺を実へ帰せと言わなかったことだ。母から届くを読み終えた夜、母の台所へくと、おさんがいつも分の飯を温め直してくれた。棟梁の妻であるさんは、夫の仕事にを挟まず、俺のがあかぎれで割れただけは黙って薬を置いてくれた。

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その晩、飯をかき込んで作業へくと、棟梁は作業台のに杉板を枚並べていた。昼なら寄ることも許されない鉋が、その真んに置かれている。俺がち尽くすと、棟梁は板の端を指で押さえ、初めて俺のに鉋を渡した。

鉋の台は俺が像していたよりく、掌に当たる角がし丸くなっていた。何も棟梁のが触れてきた所なのだと気づき、俺は無識に握る力をくした。棟梁は俺の指の位置を直し、「刃物を怖がれ。ただし怖がって元を見失うな」と言った。具に触るなと言われ続けたが、急に別のへ変わろうとしていた。

「削れ。向こうが透けて見えるくらい、い屑をしてみろ」

言われたとおり力を入れると、鉋は板の途で止まり、刃先が肌をえぐった。棟梁は度だけその傷を見て、次の板を俺のへ滑らせた。鳴られるとってを縮めたが、返ってきたのは、もっと恐ろしいほど静かな声だった。

「の晩までに、どうして止まったか考えろ」

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