"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第6話
聞いてはいけない言葉
翌朝、俺は棟梁の顔をまともに見られなかった。昨夜聞いた「半」という言葉がかられず、掃除をしながらも母の方ばかり気にしていた。棟梁はいつもどおり材を調べ、職たちへ指示をしていたが、昼に度だけ作業の奥へ引っ込み、しばらく戻らなかった。
田さんに昨夜のことを話すと、先輩はを止めた。「病院へったことはってる。でも、本が言わないなら俺たちもらない顔をするしかない」と、鋸の目てを続けながら答えた。俺は「そんな体で夜まで俺を叱る必がありますか」と言ったが、田さんは具を置き、「おにとっては叱られる夜でも、親方にとっては違うんだろう」と返した。
それで何かが分かったわけではない。むしろ俺は、らないところでたちが俺のく先を決めている気がして、腹たしくなった。でをたときも、母と親戚が話をまとめ、俺は最に「くか」と聞かれただけだった。ここでになるまで頑張るつもりではいたが、何もらされないまま、誰かの期限に追いてられるのは嫌だった。
その夜、棟梁が墨壺をすと、俺はい切って尋ねた。「どうして急ぐんですか。田さんが独するからですか」。棟梁は俺の目を見ず、糸の先を拭いてから「仕事は待たん」
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と答えた。俺が「半って何ですか」と続けると、棟梁のが止まり、作業に計の音だけが残った。
「聞いたのか。なら忘れろ。のの話を盗み聞きして、元がよくなるもんじゃない」
その言い方にかっとなり、俺は墨壺を台へ戻した。「だったら俺に関係があるようなことを言わないでください。は掃除だと言っていたのに、急に何でもやれって、俺には訳が分からない」。棟梁はしばらく黙っていたが、やがて「分からなくてもできる仕事はある。分からなきゃできん仕事もある。今夜は者だ」と言った。
俺はその晩、初めて稽古の途で母へ戻った。布団に入っても眠れず、故郷へ帰る汽の刻をいしていたが、け方になると自分が描いた墨付けの線が気になり始めた。逃げたままでは、あの線が正しかったかどうかさえ分からない。夜がける、俺は作業へ戻り、昨の図面をもう度広げた。
棟梁はすでに来ていた。俺が謝ろうとすると、「まず違いを探せ」と言い、図面のか所を指で隠した。俺は柱の向きを逆に読んでいたことに気づき、墨を引き直した。棟梁は何も言わず、その修正した線の横へさな丸をつけた。
仕事が終わるころ、おさんが筒を持ってきた。棟梁は彼女に気づかないふりをしていたが、湯みを受け取る指先がかすかに震えていた。
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俺は昨夜の言葉を問い直さなかった。問い詰めれば教えてくれるとはえず、それでも、あの丸印をつ増やしたいとったからだった。
半ば、梅のが続いた。作業へ運び込んだ杉の柱材は湿り気を含み、いつもよりくじられた。棟梁は窓をけるまで細かく決め、材を面から浮かせる桟の位置を俺に直させた。俺が「しくらい濡れてもになれば乾きます」と言うと、棟梁は濡れたを俺のへ押し当てた。
「乾くときにく。く所を考えずに組めば、むが困る。の声を聞けってのは、をづけろってことじゃない」
夜の稽古では、ほぞとほぞ穴を作らされた。差しで線を引き、鋸を入れ、鑿でしずつ削る。きつければ入らず、緩ければ力を受け止められない。俺は最初、ぴったり入ればよいとって槌で叩き込んだが、棟梁は来がった仕を引き抜き、割れかけた端を見せた。
「無理やり入った物は、無理やり壊れる。入るに止まる理由を考えろ」
週かけて同じ形の仕を繰り返すうち、俺は槌を振りげるにの触を確かめるようになった。棟梁は俺が失敗した材を捨てず、削り直せるものと使えないものに分けていた。無駄にしたの量が目に見えると、失敗を恥ずかしがるに寸法を確かめる癖がついた。
ある夜、音がくなり、母の樋がれた。俺が脚を持ちそうとすると、棟梁は「暗いところで根にがるな」と止め、軒に桶を置くよう命じた。朝になって緒に直すと、樋を支える具のつが古くなっていた。棟梁はしい具をつけながら、「急ぐのと慌てるのは違う。夜のうちに落ちたら、誰が直す」と俺に聞いた。
俺は答えられなかった。あのは毎晩俺を急がせるくせに、危ない仕事を急いで済ませることは絶対に許さなかった。夜の稽古が何のためなのか分からなくても、何を捨ててよくて何を捨ててはいけないか、その線だけはしずつ見えてきた。
ががった晩、ようやく棟梁が俺の作ったほぞをで差し込んだ。槌を使わずに収まり、引き抜くときにはほどよい抵抗があった。棟梁は何度か試したあと、「これは取っておけ」と言って棚のへ置いた。俺が初めて残すことを許された仕だった。
寝るにそのことをおさんへ話すと、彼女は嬉しそうに笑った。しかし俺が「棟梁は体が悪いんでしょうか」と尋ねると、笑顔が消え、布巾を絞るが止まった。答えの代わりにてきたのは、「直、あのが教えることは、よく見ておきなさい」という言葉だけだった。
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