"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第8話
むの背丈
松浦の現へくと、信さんの母親が縁側に座っていた。を過ぎた彼女は膝が悪く、ちがるたびに柱をつかんでいた。しいでは段差をなくしてほしいという願いがあったが、敷にはが集まりやすい所があり、をくすれば湿気の問題がる。棟梁は面を指で掘っての湿りを確かめ、俺にも同じことをさせた。
「が歩きやすいだけじゃ駄目だ。がく持たなきゃ、むはもっと困る」
俺は図面の寸法ばかり気にしていたが、棟梁はそこにむの体のきまで見ていた。祖母が廊でつまずきやすいこと、娘の佳奈ちゃんが台所の戸を勢いよくけること、信さんが農作業からのついた靴で帰ること。棟梁はそれらをつずつ聞き、と廊の位置をし変えた。
変更した分だけ材の取りいも変わった。俺は古い図面の寸法を使って墨を引きかけ、棟梁に首を押さえられた。「図面はだ。はがむ。が変わったらも変わる」と叱られ、俺は慌てて帳面へ変更点をき込んだ。違いに気づいたのが切るでよかったとったが、棟梁は「切ってから気づくに、気づけるようになれ」と言った。
松浦さんは期と額を気にしていた。稲刈りが終わるころまでに骨組みがたなければ、までに根が掛からないのではないかとそうだった。
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棟梁は程表を示し、候で遅れるもあることを説したうえで、使う材の等級を落とす話には首を縦に振らなかった。
帰り、俺は「しい材でもは建つんじゃないですか」と尋ねた。棟梁は荷を押しながら「建つことと、持つことは違う」と答えた。何に誰がんでいるか分からないからこそ、見えなくなるところを抜きしてはいけないのだと言った。あのが自分の仕事の先に何もあるを見ていることに、俺は驚いた。
その夜、棟梁は俺の墨付けを通り見て、珍しくやり直しを命じなかった。俺が「これでいいんですか」と聞くと、「いいかどうかは建てたとき分かる。今は違いが見つからんだけだ」と返された。びかけた気持ちは半分しぼんだが、その厳しさには理由があることも分かり始めていた。
作業を閉めるとき、棟梁はしばらくちがれず、腰をかがめたまま息をしていた。俺が支えようとすると「触るな」と言い、数呼吸置いてから背筋を伸ばした。の夜はまだ暑かったのに、その横顔だけは妙に青く見えた。
の初め、松浦の台を刻むが来た。作業の央に檜を据え、俺は差しを当てて基準になる面を決めた。これまでは端材で違いをねてもよかったが、今は松浦さんのになる本である。
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俺が墨糸を張るを止めると、棟梁は「線を引くに、何を基準にしたか声にせ」と言った。
俺は材の反り、表と裏、柱がつ位置を順に確かめた。墨壺の糸を指で持ちげて弾くと、黒い線が材のへ真っすぐった。棟梁はその線をなぞらず、反対側へ回っての印を確認した。しばらくして「次」と言われたとき、俺は度だけく息を吐いた。
午に本目までんだところで、俺は柱のほぞ穴の向きをか所取り違えた。図面を見直すと、同じ寸法の部が並ぶため、を逆に読んでいたのだ。切るに気づいて印を消したが、棟梁はそのから鉛でさな角を描き、「同じ失敗をする所に印を残せ」と言った。失敗を隠さないための印だった。
昼休み、田さんが顔をした。独したばかりで仕事はまだないと言いながらも、俺の墨をじっと眺め、棟梁に「本当に直に全部やらせるんですか」と尋ねた。棟梁は「俺が見る」とく答えた。田さんは何か言いかけたが、俺がくにいるのを見てを閉じた。
夕方、棟梁がへたあと、田さんは俺に材を本見せた。「おの墨はってる。ただ、ここは切ったあとに力がかかる。の癖まで考えて刻まなきゃいけない」と言い、俺が見落としていた節の位置を教えてくれた。田さんが自分の仕事を回しにして来たのは、独に頼まれたからだと、そのとき分かった。
俺は先輩に「棟梁は、どうしてそこまでして俺に任せるんでしょう」と聞いた。田さんは材のの墨を指でなぞり、「おがうより、親方はずっとからおを見ていたんだろう」と答えた。その言葉は嬉しかったが、まだ素直に信じられなかった。棟梁が自分のでそう言ってくれたことは、度もなかったからだ。
夜、最の本を刻み終えると、棟梁は全部の材を並べて確認した。違いがないと分かるまで俺はけず、作業の計の針がむ音ばかり聞いていた。やがて棟梁は「は柱だ」と言い、墨壺の糸を巻いて棚へ戻した。俺はその背を見送りながら、自分の線が本当にになるを初めて恐れた。
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