"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第11話
病院の廊
建の翌朝、棟梁は現に来なかった。遅刻したことも、があるから休むと言ったこともないだったので、俺は具を並べながら何度もを振り返った。田さんが母へ話をかけにき、戻ってきたとき、その顔からいつもの笑みが消えていた。「親方が夜に倒れて、病院へ運ばれた」と聞いた瞬、俺は昨のろ姿をいした。
現を田さんへ任せ、俺はバスと徒歩で町の病院へ向かった。病へ入ろうとすると、廊の子におさんが座っていた。膝のには呂敷に包んだ着替えがあり、目のにはいができていた。俺が駆け寄ると、彼女はちがらず、「来たのかい」とだけ言った。
「昨、ちゃんとちました。柱も梁もいました。だから、棟梁に伝えたくて」
おさんは俺の言葉を聞いてうなずいたが、すぐには笑わなかった。俺が「何の病気なんですか」と尋ねると、彼女はい、呂敷の結び目を見つめていた。そして、に医者から話を聞いたのは自分だけだったこと、棟梁にはい病気でしばらく養が必だとしか伝えなかったことを、しずつ話し始めた。
「先はね、あのとき、くても半ほどだろうって言ったんだよ」
俺は言葉を失った。半というのは稽古の期限でも、事の都でもなかった。
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おさんは「本にははっきり告げなかった代だから」と苦しそうに言い、けれど夫は自分の体のことを々分かっていたのだろうと続けた。に病院から戻った夜、棟梁は仕事の予定を全部見直し、俺を毎晩残すと言いしたのだという。
「かけて覚えさせるつもりだったことを、半で渡そうとしてたんだよ。清吉さんが独しても、直がここで仕事を続けられるようにね」
俺は廊の壁にをついた。枚のやり直し、のひらの傷、夜半まで消えなかった作業のかり。あれほど嫌だった声が、のでつずつ違うを持ち始めた。あのは俺をいじめるためではなく、残されたを削って俺に教えていたのだ。
おさんは目元を拭い、「昨、へ帰ってから度だけ笑ったんだよ」と言った。「直の墨がった。にった」と、寝へ入るに話したらしい。俺がずっと待っていた褒め言葉を、棟梁は俺のいないところでにしていた。胸が詰まり、声をそうとしても息しかなかった。
「本は、あの子には言うなって。ったら元が狂うから、って」
病の戸をけると、棟梁はい枕にを沈めていた。作業ではあんなにきく見えた肩が布団ので細くなり、腕の血管が浮いていた。俺がづくと、あのは目をき、いつものように眉へしわを寄せた。
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俺は何を言うべきか分からず、ベッドの脇へった。
「何しに来た。現はどうした」
「田さんにお願いしてきました。建は無事に終わりました。棟梁、俺の墨、全部いました」
棟梁はさくうなずき、それから顔をしかめた。「そんなことは見りゃ分かる。半が現を空けるな」。声はかったが、言葉の調子はいつもと同じだった。俺は昨までなら腹をてたはずなのに、涙がこぼれて止まらなかった。
「俺、らなかったんです。棟梁が具悪いのに、毎晩……俺、辞めようとったこともありました」
棟梁はしばらく俺を見ていた。何か言ってくれるかとったが、あのは窓のへ目を向け、「辞めるなら仕事を終わらせてから辞めろ」と言った。その声には責める響きがなく、俺がここに残るかどうかを最まで自分で決めさせようとしているように聞こえた。
俺は棟梁のを握りたかった。しかし、作業で何度も見たあのは今、布団のに静かに置かれ、握り返してもらうことを求めてはいけない気がした。代わりにくをげ、「戻ります。を完成させます」と言った。棟梁は目を閉じ、「墨を信じすぎるな。建ったあとも見ろ」とつぶやいた。
病をると、おさんがっていた。俺は「棟梁はまだ俺を半だと言いました」と話し、泣きながら笑った。
おさんもし笑い、「あのらしいね」と言った。その顔を見て、俺は初めて、彼女が夫を失うかもしれない怖さを抱えながら、毎晩俺のへ薬を塗ってくれていたのだと気づいた。
病院から現へ戻るはかった。バスの窓から稲のづいた田んぼを眺めながら、俺は棟梁の言葉を繰り返した。は骨組みがてば終わりではない。根を掛け、を防ぎ、戸をつけ、暮らせる所にして初めて、仕事が終わるのだ。
現へ着くと、田さんが根の段取りを見ていた。俺は事を伝え、「伝ってください。でも、俺にできることは俺がやります」とをげた。田さんは何も聞き返さず、俺の肩へを置いた。「分かった。じゃあまず、の気を見て段取りを組もう」。俺たちは棟梁のいない現で、次の朝の仕事を決め始めた。
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