"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第12話
棟梁のいない作業
棟梁が入院してから、作業の夜は急に静かになった。いつもなら「やり直せ」という声が響くに、俺はで図面を広げ、翌の作業を確認した。田さんは独したばかりで自分の仕事もあり、毎付き添うわけにはいかない。それでも切なところでは必ず顔をし、俺が決めてよいことと、経験のある職へ確認すべきことを分けてくれた。
根を掛ける、気予報はを告げていた。職のは急いでをめようと言ったが、俺は棟梁の帳面にあった「急ぐなら確認を増やせ」をいした。と材の固定を確かめ、が来るに全に終えられる範囲だけを決めた。の職に指示するのは怖かったが、田さんが横から「その段取りでいこう」と支えてくれた。
夕方、予定どおりがり始めた。覆いの端からが流れ込むのを見つけ、俺は桶を置いてを濡らさないようにした。音を聞きながら作業へ戻ると、のに棟梁と根のをろしたのことがよみがえった。あのとき言われた「につな」は、危険を見落とすなというだったのだ。
翌朝、松浦さんがそうに現へ来た。棟梁の姿が見えないことを尋ねられ、俺は病気で入院していると伝えたうえで、田さんと職たちが責任を持って作業をめることを説した。
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松浦さんは驚き、「そんな変なときにうちのを頼んでよかったのか」と言った。俺は答えに詰まったが、「棟梁はこののことを最まで考えていました」とだけ伝えた。
そのの午、俺はおさんへ話をかけ、現のみ具を報告した。彼女は「本にも話しておくよ」と言い、しを置いて「直、ご飯はべてるかい」と尋ねた。棟梁が倒れてから、俺は夕飯を急いで済ませ、作業にこもりきりだった。おさんの声を聞いて、自分の体を壊したら棟梁から受け取った仕事を果たせないと気づいた。
その晩は具をめに片づけ、母で温かい飯をべた。空いた棟梁の席を見るのはつらかったが、おさんはいつもどおり噌汁をよそってくれた。俺は箸を置き、「このを完成させたら、病へ写真を持っていきます」と言った。おさんはうなずき、「きっとぶよ。顔にはさないだろうけど」と答えた。
の初め、台の余波でいがった。根の仕げがまだ終わっていない松浦では、仮の覆いをに掛けていたが、夜半に向きが変わり、部がめくれてしまった。朝く現へくと、階のの角が濡れ、の表面にの筋が残っていた。俺は自分の見込みが甘かったことを悟り、田さんへ話をかけた。
職たちが集まるまで、俺は濡れた範囲を記録し、材の状態をつずつ確かめた。
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表面を拭くだけで済むものもあれば、内部までが入ったか判断が必なものもある。俺が焦って「全部替えます」と言いかけると、田さんは「決めるに調べろ。請けいもげさな約束もするな」と止めた。
松浦さんへは隠さず事を話した。信さんはらずに聞いてくれたが、「にめるんでしょうか」と、いちばん切なことを尋ねた。俺はそのでさせる言葉を探すのをやめ、職たちと状態を確認してから期を伝えると約束した。棟梁ならきっとそうしたとったからだ。
調べた結果、濡れた部の板は交換し、ほかは分に乾燥させてから次の程へむことになった。作業は遅れたが、無理に覆い隠して先へむよりよいと、田さんは判断した。俺は自分の見落としを帳面にき、の向きと固定の位置を図に残した。度と同じ失敗をしないためだった。
病院へ報告にくと、棟梁は俺の説を途で遮らなかった。濡れた材の所、調べた方法、交換した範囲を話し終えると、「客には言ったか」と聞いた。俺が「全部話しました」と答えると、棟梁は目を閉じて「ならいい」と言った。慰めてもらえるとはっていなかったが、その言でようやく息ができた。
帰り際、棟梁がかすれた声で呼び止めた。「直、失敗を隠すと、のに残る。
直した失敗は、おのに残る」。俺は何度もうなずいた。あのが教えてくれたのは、の削り方だけではなかった。自分の違いから逃げないためのやり方でもあった。
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