"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第14話
最の鉋屑
の初め、松浦の居に使う杉の板を仕げるが来た。俺は棟梁がいつも使っていた削り台へ板を載せ、刃を研ぎ直してから鉋を引いた。最初の削りはしく、途で屑が切れた。俺は力を入れ直さず、目の向きを確かめて刃のを調した。
い鉋屑が途切れずに伸び、へ柔らかく落ちた。には寸もまなかった鉋が、今は板の端から端まで滑っていく。俺は嬉しくなって何度も削りそうになったが、削りすぎれば寸法が変わると気づき、を止めた。棟梁が教えたのはに削ることだけでなく、やめるべきところでやめることでもあった。
そのの午、母が弁当を持って現へ来た。に迎えに来たときとは違い、母は完成にづいたを見て、しばらく何も言わなかった。俺が自分の墨を入れた柱を指すと、母は柱へそっとを触れ、「あんた、本当にになってきたんだね」と言った。俺は照れくさくて、まだ半だと答えた。
母は棟梁の病気をっていた。おさんから連絡があったらしく、帰り際に「教えてもらったことは事にしなさい。でも、あんたもきていかなきゃならない」と言った。俺はその言葉のを考えた。棟梁の代わりになろうとしても、俺はあのではない。これから何も仕事を続け、自分の失敗と判断をねていかなければならないのだ。
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仕げの最の、俺は板の表面を掌で撫で、引っかかるところがないか確かめた。田さんが横から見て「いい面だ」と言ってくれたが、俺はか所だけ気になるところを見つけた。を斜めに当てると、ごく浅い刃の跡が残っていた。普通に歩けば分からないほどのものだったが、俺は板をもう度台へ戻した。
「そこまでしなくても」と田さんは言いかけ、俺の顔を見て笑った。「親方なら何て言うかな」。俺は答えず鉋を引き、最にい屑を本だけした。指で撫でると、肌は静かで、もう刃を当てる必がないと分かった。
その夜、作業のかりを消すに、俺は棚に残された最初の仕をに取った。に初めて格した、さなほぞとほぞ穴だった。角は格好で、今ならもっときれいに作れる。それでも俺は捨てず、帳面と緒に引きしへしまった。
半ば、松浦の事が終わった。信さんは妻と娘、母親を連れてしいを歩き、戸のき具や回りをつずつ確かめた。祖母は段差のない廊をゆっくりみ、居の窓辺へ座って庭を眺めた。佳奈ちゃんは自分の部の柱へ頬を寄せ、「の匂いがする」と笑った。
引き渡しので、俺は松浦さんへ説した。戸がくなったときの調、の換気、のあとに気をつける所、定期に見直すべきところ。
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棟梁の帳面にかれていたことを、自分の言葉で伝えた。松浦さんは最まで聞き、「源造さんにもよろしく伝えてください」と言ってくをげた。
俺は完成したを写真に撮った。全体が収まるようしれて枚、祖母が歩く廊を枚、そして自分が墨を打った柱と梁を見げて枚。棟梁が病から見ても分かるようにとい、ぶれしないよう息を止めてシャッターを押した。現像ができるまでの数が、ひどくくじられた。
写真ががった、俺は封筒を胸に病院へ向かった。しかし病のにはおさんと田さんがっており、とも俺を見たまま何も言わなかった。棟梁はその朝、息を引き取っていた。俺が写真を持ってくるのを待っていたようにうのは勝だと分かっていても、あとければと考えずにはいられなかった。
病に入ると、棟梁は眠っているようだった。からあれほど苦しそうだった呼吸はもうなく、眉のしわもくなっていた。俺は枕元へ写真を並べ、「ができました。柱は最まで真っすぐです」と報告した。返事はなく、俺は写真の端を押さえたままっていた。
おさんがそっと肩にを置いた。「昨まで、直はどうしてるって聞いてたよ。はどうなったって」。俺は棟梁の元へ写真を枚置き、「見てください」
と言った。病で声をげて泣くことはできず、ただ何度も同じ言葉を繰り返した。
帰り、町には末の買い物をするがき交っていた。いつもの商の灯りも、バスの刻表も、何つ変わっていなかった。なのに俺のでは、毎晩作業を照らしていた灯りが突然消えてしまったようだった。もう「やり直せ」と言うがいないことを、俺はまだ受け止められなかった。
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