"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第2話
の内側にいる女
都織布のは、野からを乗り継ぎ、さらに歩いた川沿いの町にあった。赤茶けた煉瓦塀の向こうで械が斉にく音がして、には「採用者以入禁止」とかれた札ががっていた。澄子は守に紹介状を見せ、青森から来た採用者だと説したが、守は帳面を繰って首をかしげた。「今の入寮は名だ。名とは聞いとらん」と言い、事務所へ取り次いだ。
事係の野主任は、磨いた靴を履いた痩せた男だった。澄子が番号を告げると、机の引きしからい名簿を取りし、あるに指を置いた。「佐藤澄子。昨入寮、今朝から見習い勤務。ちゃんと記録がある」。澄子が「そのに会わせてください」と頼むと、野は名簿を閉じて「寄宿舎の子を部のに会わせるわけにはいかない」と答えた。
「部のって、私のことですか」。澄子の声がしだけきくなった。野は紹介状を受け取り、用の端に押された学の角印を確かめたあと、今度は澄子の顔をじっと見た。「この類を作ったのは誰だ」「田辺源先です」「田辺先か……」。その名を聞いただけ野の指が止まり、机の端に置かれた朱肉の蓋をもなく閉じた。
話で学へ確かめようという話になったが、交換台を通した呼びしはなかなかつながらなかった。
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ようやくたのはから赴任した教師で、田辺はすでに隣県の学へ移ったという。昨度の就職斡旋類は理で、すぐには分からないらしい。野は受話器を置くと、「ほら、確認できないだろう。あんたが本物だという証拠はあるのか」と、先ほどより静かな声で言った。
澄子は学の卒業証も、母が縫い付けた鞄の名も見せた。けれど野は「同姓同名はいくらでもいる」と取りわず、紹介状の写しさえ渡してくれなかった。そこで澄子は、自分の紹介状を返してもらう、野の机にいていた名簿の欄を目で追った。名の隣に《入寮》、そのに《紹介 古賀》と細い字でいてあった。
「採用されていないなら、今晩泊まるところもありません」。澄子がそう言うと、野は初めて困ったように息を吐いたが、のまで送らせるという答えは変えなかった。守の老だけが「駅に交番がある。暗くなるに相談しなさい」と教えてくれた。澄子は礼を言い、のから寄宿舎らしい階建ての建物を見げた。階の窓には洗濯物が並び、そのどこかに子がいるはずだった。
塀の内側では、始業と終業をらせるサイレンが鳴った。窓のつから女が顔をしたが、すぐ誰かに呼ばれて引っ込んだ。澄子は、のへ入れば同じの子がたくさんいて、緒に働きながら京の暮らしを覚えるのだとっていた。
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今はその窓を見げるだけで、をくぐる資格がないと言われている。だからこそ、守に聞いた交代刻と裏へ回る順を忘れないよう、帰りのので何度もにした。
帰り、澄子は片に《古賀》ときした。迎えの男は里、名簿の紹介は古賀、学の紹介状は田辺先。の名を並べると、なぜかし落ち着いた。らない町で何も分からないまま追い返されたのではなく、確かめるべきことがつあるとえたからだった。
交番で事を聞いた巡査は、まず親元へ報を打つよう勧めた。澄子が財布をくと、残った貨はわずかで、青森へ帰る汽賃には到底りなかった。巡査はしばらく考え、野くで夜遅くまで営業する堂の名をにいた。「の女将がを探していた。働けるかどうかは分からんが、ここで待つよりはいい」。澄子はそのを握り、暮れ始めた通りへた。
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