"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第3話
堂の階
森堂は、に入った角で黄い灯をともしていた。引き戸をけると、煮干しのだしと炊きたての米の匂いがして、澄子の腹が急に鳴った。を切り盛りする森ハルは代の終わりに見える女で、澄子の話を途まで聞くと「まず座りなさい」と言って、欠けた茶碗に麦飯と噌汁をよそった。「べながら話せることと、べなきゃ話せないことがあるよ」と、ハルはそれ以問い詰めなかった。
閉、澄子は紹介状を卓に広げ、汽の発からのまでを順に話した。ハルは帳の算盤を脇へ寄せ、番号と男たちの名をき取った。「の雇い入れが決まっているなら、は絶対に放しちゃいけない。預かると言われても渡すんじゃないよ」。ハルはそう言って、階の物置にある布団を枚してくれた。み込みの伝いはから、の相談は事が落ち着いてからでいいという。
澄子は呂敷包みを枕元に置き、母に葉をいた。《京には無事着きました。し続きが遅れています。配しないでください》。本当のことをけば母はきっと夜も眠れなくなる。それでも嘘ばかりではいけないとい、最に《働く所が決まったら、すぐらせます》ときした。灯りを消す、ハルが階から「は朝半だよ」
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と声をかけた。
翌朝、澄子は釜ので米を研ぎ、皿を洗い、客の注文を覚えた。常連の運送は野へ届く荷物の話をし、印刷所の職は景気がよくても若い者のはなかなかがらないとこぼした。澄子はをかしながらを澄ませた。にはいろいろな仕事のが来る。ここなら京の図をで覚えるより、を尋ねる相がいる。
堂の皿は枚ずつ形が違い、欠けた縁を具で留めたものまであった。ハルはしい皿を買う余裕がないからではなく、まだ使えるものを捨てる気になれないのだと言った。澄子はその話を聞き、母が着を繕っていた夜をいした。夕方の片づけが済むと、ハルは勘定のつけ方を教え、米や噌をどれだけ使ったかも帳面にかせた。仕事を覚えることと、数字をごまかさずに残すことが、このでは緒だった。
昼過ぎにを再訪すると、守はをけず「野主任から取り次ぐなと言われた」と申し訳なさそうに言った。澄子はそこで鳴る代わりに、のにある納品の刻表を見た。原糸の荷が入る、昼休み、夕方の交代刻。子に会うなら、事務所の正面ではなく、働く女たちが通るを探した方がいい。
目の夕方、澄子は裏くで見覚えのある声を聞いた。「澄ちゃん!」
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。駆け寄ってきた子は、をるより顔が細く見えた。しい作業着の袖にはい綿くずがつき、元の靴もで支されたものらしかった。「ごめん。あの、りようとしたら、勝なことをすると採用を取り消すって言われたの」と、子は何度も謝った。
澄子は子を責めず、寮にいる同じ名の女のことを尋ねた。子は周囲を見回してから、声を落とした。「見たよ。私たちくらいの歳で、青森の言葉をつも使わない子。寮母さんが『佐藤さん』って呼ぶたび、し遅れて振り向くの」。その女は皆にまれたを聞かれても曖昧に笑い、事のだけで座っているという。
「その子に、会いたい」。澄子が頼むと、子は首を横に振った。「寮から勝にたら、今度こそ私も帰される。母ちゃんにはもう最初の仕送りを当てにされてるんだ」。澄子は無理に引き留めず、堂の所をいたを渡した。子はそれを靴のへ隠し、「曜なら洗濯の裏からられるかもしれない」と約束した。
別れ際、子はもう度振り返った。「あの子、昨の夜、寮母さんに『私の名のままで働けませんか』って聞いてた」。澄子は返事ができなかった。もうの女も、誰かに自分の名を奪われたのだろうか。
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