"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第5話
まだ働いていない者の退職届
里は閉際の堂へ入ってきて、客が帰るのを待ってから奥の卓についた。作業ではなく背広姿で、澄子の顔を見るなり「騒ぎをきくするな」と言った。ハルは洗いからてきて、湯呑みを置きながら「ここはうちのだよ。話をするなら、この子が嫌がらないところでしておくれ」と釘を刺した。里は気まずそうに襟を直し、懐から封筒をした。
には青森までの片の汽賃と、数枚の幣が入っていた。「帰りなさい。へは、の都で採用が取り消しになったと説すればいい」。里は封筒を澄子のへ滑らせたが、澄子はを伸ばさなかった。「私はまだ取り消しの通を受けていません。には私の番号で働いている子がいるんでしょう。その子のことも聞きたいんです」。里の頬がわずかにいた。
「もう、その子はいない。佐藤澄子という従業員は退職したことになってる」。里は鞄からい類を抜き、卓に置いた。には《退職届》と印刷され、理由欄には《庭の都により》とかれていた。署名は《佐藤澄子》。名の横には丸い印まであり、提は、子からその女が消えたと聞かされたになっていた。
「私、これをいていません」。澄子は類を持ちげ、震えそうになる指を卓ので握った。
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自分の字は学の先に何度も直されており、特に「澄」の側をしきくく癖がある。ここにある署名は形だけをなぞったようにっていた。ハルが横から覗き込み、「本がいてないものを、どうしてあなたが持ってるんだい」と尋ねても、里は答えなかった。
澄子は卒業の、田辺先から「字にはそのの歩き方みたいな癖がる」と言われたことをいした。の役へ届けをしたも、母は印を押すに必ず名を読みげていた。だからこそ、目のの退職届が恐ろしかった。字も印もあるのに、そこには度もを持たなかった自分のがかれている。澄子は退職届の質と印の欠け方まで見て、あとでいせるよう記憶に刻んだ。
さらに里は、退職届のにねたを見せた。《支度未精算者覧》。澄子の採用番号の横には《未返済 千百円》とあり、返済方法として《次の就業先より控除》とかれていた。澄子は数字を度読んだ。京へ来る旅費は学と族が用し、からを借りたことなど度もない。
「も働いていないのに、どうして私の名で借があるんですか」。澄子の声に、里は答えず、退職届をしまおうとした。ハルがそのの端を押さえ、「見せた以は、ちゃんと説してからにしな」
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と言う。里はしばらく黙ったあと、「俺が決めたことじゃない。古賀と野が帳面をわせている」と漏らし、すぐにをつぐんだ。
澄子は聞の余に、付と額と類の表題を素く写した。里はその元を見て「そんなものをき残しても無駄だ」と言ったが、止めはしなかった。「故郷へ戻れば、この話は終わりますか」と澄子が尋ねると、男は顔をげなかった。沈黙だけで、澄子には分だった。自分が帰っても、帳面のの佐藤澄子は別の所で働き続けるのだ。
「帰りません。私は、自分の名を誰かに貸しに来たんじゃありません」。澄子は封筒を押し戻した。里は類を鞄へ入れ、帰り際に「の朝、また別のが来るかもしれない」と言い残した。その言い方には脅しだけでなく、何かをらせようとする迷いが混じっていた。
翌朝、堂のに背広の男が現れた。は澄子の名を確かめると、《就業先変更確認》を差しした。しい勤務先は千のさな加で、そこには《より就業》と記されていた。まだの朝なのに、確認のには、佐藤澄子本が勤務始を承したという署名と印が、すでに押されていた。
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