"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第6話
先にかれた勤
「これは、何を確認する類ですか」。澄子が尋ねると、の男は子を脱ぎ、机ののを指した。「あなたがしい勤め先へ移ることを認めた、その控えです。ここへ判を押してもらえば話が済む」。もうの若い男は入にち、朝をべていた運送の客がていくのを待っていた。ハルは澄子のへて、「まず、どこの会社の方か名乗ってください」と言った。
男たちは《辰加所》の事務員だと答えたが、差しした名刺には加所ではなく《古賀職業相談所》の文字があった。澄子がそれを指摘すると、の男は「紹介を受けているだけだ」と言い直した。類には《佐藤澄子》の署名があり、その脇に見慣れないさな印が押されている。澄子は昨見せられた退職届と同じ印だと気づき、に触れずに形だけを覚えた。
「私が判を押さなかったら、どうなりますか」。男は「就職先を失う」と答えたが、澄子はすでに度その言葉を聞いていた。「それなら、今までの続きは私がらないうちにめられたことになりますね」。ハルが帳からと鉛を持ってきて、訪ねてきた刻との名を尋ねた。若い男は困ったようにの男を見て、結局、名を告げずにへていった。
が帰ると、澄子は名刺の所を写し、にき留めた退職届の印と並べて描いた。
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ハルは「相のに署名しなかったのはよかった」と言い、仕事を休ませてくれた。澄子は千へ向かったが、加所ののでち止まった。勝にへ入れば、相に先に見つかってしまう。そこでくの物でを尋ねるふりをして、どんなか聞きした。
澄子は加所ので、板にかれた話番号と入の脇に積まれた箱の印を写した。もし鈴がまた移されれば、次にき先を探すがかりが必になる。物の主は「ここへ荷を運ぶは決まっているが、女の子の迎えは夜に来る」と教えた。澄子はそので理由を問い詰めず、のと入りするだけを聞いた。野駅でき留めたバスの番号が、初めて役につかもしれないとった。
辰加所は、都織布で織った布の端を裁ち、包装する請けの仕事をしていた。物の主によれば、若い女が々入れ替わり、同じ顔をと見ないこともあるという。「きなの寮から移ってくる子もいるらしい。景気はいいのに、なぜか皆、夜けに運ばれてくる」。澄子は裏のに回り、洗濯物の並ぶさな階を見つけた。窓際には女のものらしい綿の靴が干されていた。
をた若い作業員に川鈴の名を尋ねると、相は顔をこわばらせた。
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「そんな子はらない」。しかし澄子が帰ろうとすると、その作業員は背から追いつき、「名じゃなくて、髪をく切った子なら来た」とで告げた。女は数から階の番奥で寝ており、昼は事務の伝いをさせられているらしい。「でも、あの子を佐藤って呼ぶと、顔をげないんだ」。
「私は本当の佐藤澄子です」。そう名乗ると、作業員は驚いたが、逃げずにっていた。名は岸田千代、歳で、すでにこの加所に勤めているという。千代は「その子は何度も『へ帰る』って言ってる。けれど帳面に借りがあるからられないと言われた」と話した。澄子は自分の名で作られた未返済の額を告げた。千代の表が変わったのは、その額が鈴の言っていた借と同じだったからだ。
「の朝、何かあるんですか」。澄子が尋ねると、千代は通りを確かめてからさくうなずいた。「あの子を別の所へ連れていくって。今度は帳面も名も変えるらしい」。まで、あとしかなかった。澄子は千代に、危ないことはしなくていいから、鈴へ自分が会いたがっているとだけ伝えてほしいと頼んだ。
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