"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第7話
川向こうの寄宿舎
その夜、澄子は辰加所の見取り図を聞に描き、ハルに見せた。の常連で荷を扱うの沢が、川向こうのなら裏まで目につかずにけると教えてくれた。けれどハルは、暗いうちに女でへくことに反対した。「見つかった、あんたまでどこかへ連れていかれたらどうする。会うための所は、向こうの都じゃなく、こっちで決めるんだよ」。澄子は翌の昼休みを使うことにした。
千代は約束どおり、昼の鐘が鳴ると裏のへてきた。だが鈴の姿はなかった。「を渡したら、読むに取りげられた」と千代は言った。鈴は朝から事務へ呼ばれ、帳面に判を押すよう迫られているらしい。千代は胸元から包みを取りした。には鈴がでちぎった布切れがあり、青い糸で《すず》とさく縫ってあった。
「これを、私に?」。澄子が尋ねると、千代は首を振った。「自分が川鈴だと、誰かにっていてほしいんだとう」。鈴は名を変えるたびに荷札を取りげられ、今度こそ本当の名を言うなと脅されていたという。澄子は布切れを握り、胸の奥で固まっていたりがし違う形になるのをじた。相は自分の代わりに仕事を奪った女ではなく、自分と同じように名を使われている女だった。
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布切れの糸はところどころほどけ、最の「ず」の字だけが曲がっていた。澄子は自分の鞄の内側にも、母が赤い糸で縫った《すみこ》があることをいした。名をいた札は取られても、布の縫い目なら隠しておけるとったのだろう。澄子はそのさな夫に、鈴が諦めずにいたをじた。会ったこともない相に同するだけではりないが、無事に会うために自分ができることを考え直した。
が話していると、加所のから古賀が現れた。の太った男で、片に革の鞄を持ち、もう片方ので千代を呼んだ。千代はすぐに背筋を伸ばし、澄子に目配せをして戻っていった。澄子は通りを歩くふりをして古賀の顔を覚えた。駅の名簿にかれていた紹介は、ったより普通の商のように見えた。
夕方、澄子が堂へ戻ると、ハルはすでに便箋と封筒を用していた。「田辺先にきな。学に話しても通じないなら、類の控えを見てもらえばいい」。澄子は卒業した学へ、就職紹介の控えを保管してほしいこと、正式な採用者として紹介された付を確かめてほしいことをいた。さらに田辺の転任先を教えてほしいと頼み、返事は堂の所へ送るようにした。
を投函した帰り、澄子は郵便局の掲示板に貼られた求票を見つけた。
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女募集の文字のに、賃、寄宿舎費、勤務が細かくいてある。都織布から受け取った紹介状には、名と採用しかかれていなかった。澄子は、自分が本来どんな条件で働くはずだったのかさえ、よくらなかったことに気づいた。
澄子は求票ので、寮に入ると通いで働くの違いを指で追った。がまいまで握れば、仕事を断るには布団を置く所まで失う。鈴が古賀の言うことを聞き続けた理由も、そこにあるのかもしれない。澄子はその夜、ハルに「私がここで働けなくなったら、次のまいはどう探せばいいですか」と尋ねた。ハルは駅のい宿と、職業定所で確かめるべきことをにいてくれた。
翌朝、辰加所へ向かう途で千代が待っていた。「鈴ちゃん、昨夜、をしたの。移す話は延びた」。それを聞いて澄子は堵しかけたが、千代はすぐ続けた。「古賀さんが言ってた。次は名を変えるんじゃない、類から消すんだって」。女を移すことと、女が働いていた記録をなくすことが、同じ仕事のように語られていた。
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