"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第8話
辞退したことになった
青森から最初の返事が届いたのは、澄子が京してほど経った頃だった。学の任教師は丁寧な字で、卒業の就職記録を調べているが、都織布へ送った名簿の原本はすでに学にはないといていた。ただし、田辺が残した控えの綴りが職員の戸棚から見つかり、そこにはの名が確かに並んでいた。佐藤澄子の欄には《甲》とあり、採用を辞退した記録はなかった。
澄子は堂の卓に返事を広げ、の名を指で数えた。子、幸枝、登美、照子、節子。で緒に育った顔が浮かぶたび、野駅のバスの窓がよみがえった。ハルは「これで学の方には、あんたが目だった証拠がある」と言ったが、澄子はまだできなかった。の名簿が分き換えられた理由は分からないままだった。
鈴をに移す話は、ががらなかったため取りやめになったと千代から聞いた。古賀は移籍のだけ先に作り、実際には鈴を辰加所に置いたままにしていた。帳面にかれた付とがいた付が違うことも、澄子は忘れずに記した。
そのの午、澄子は学からのを持って都織布へった。守は奥へ取り次いでくれたものの、現れた野はを読するとで笑った。
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「学の控えが正しくても、採用に辞退することはある」。そう言って、別の類を見せた。《採用辞退届 佐藤澄子》。付はで、澄子がまだ青森のにいただった。
「私が辞退したなら、なぜ学の先は汽に乗せたんですか」。澄子が尋ねると、野は「学との連絡がき違った」と答えた。だが辞退届には本の署名がなく、欄に《本の向を古賀確認》と記されていた。澄子はを指さし、「私は古賀というに会ったことがありません」と言った。野の眉がいたが、今度は「古い話を蒸し返すな」と言って、類をしまった。
帰り際、守の老がの脇へ澄子を呼び止めた。「野主任は、あんたが来るから名をってたよ」。老によれば、の末に事係から《甲の子が来てもを通すな》とで指示されていたという。「迎えのに乗せなかったのも、駅で急に決めたことじゃない」。澄子は驚きながら、老にその付をもう度確かめた。
堂へ戻ると、ハルは澄子の話を黙って聞き、壁の暦にとをき込んだ。「辞退したことにしたのが先、鈴ちゃんを入れたのが。つまり誰かは、あんたが本当に来るとっていたんだね」。澄子は学の控えと偽の辞退届を比べ、同じ番号がつの違う話に使われていることを理解した。
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違いなら直せるが、初めからそうするつもりで作った記録なら、相は簡単には認めない。
その夜、澄子はの自分の居所を母へのにき添えた。あのは弟の卒業祝いに使う豆を選り分け、午には田辺先がへ最の挨拶に来たはずだった。では何気ないでも、今は切な付になる。ハルは「覚えているがいれば、そのにも聞いておくといい」と言った。澄子は自分の記憶をただ信じるだけでなく、別のが確かめられる形にしておこうとった。
夕の忙しさが落ち着いた頃、ハルは所の製本所で働く藤武夫を呼んだ。藤は代半ばの男で、職の組で賃の相談を受けることがあるという。彼は澄子の話を最まで聞き、「働いていないの名で賃や借がついているなら、名の争いだけでは済まない」と言った。翌、相談できる窓を緒に探してくれると約束した。
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