"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第9話
賃袋の裏側
藤は澄子を連れて、まず公共職業定所の相談窓へった。窓の職員は紹介状と学の返を確認し、民の紹介が採用や旅費をどう扱ったか、経緯を付順にきすよう勧めた。賃の控除については労働基準監督署へ相談するよう案内され、藤は窓の所を帳にいた。澄子は初めて、ののにも自分の話を聞いてくれる所があるとった。
だが、話を聞いてもらうことと、事実を証することは違った。監督署の担当者は「与細や控除の帳簿があれば確認しやすい」と説したが、澄子の元にあるのは偽の借額を写した聞だけだった。のの帳面を持ちすことはできず、子たちに危険な頼み事をするわけにもいかない。澄子は帰り、何度も「どうすればを見られるんだろう」とにした。
その夜、子が堂へやってきた。限までがないと言いながらも、胸元からさな与袋をし、「初めてのお料の内訳を見てほしい」と頼んだ。袋には《基本 千百円》とあり、寮費や費のほかに《支度品費 百円》が引かれていた。子は「布団と作業着はがすって先に聞いたのに、これを払うとはらなかった」と言った。
澄子はそので結論をさず、学から来た控えをいた。
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採用条件の欄には《寄宿舎寝具貸与、作業支》と記されていた。藤に見せると、彼は「全部が違法だと今ここで決めつけることはできないが、説と違う控除なら細を残して確かめよう」と言った。子は与袋を畳み直し、「ほかの子にも聞いてみる。勝に帳面を持ってくるんじゃなく、自分の袋を見せてもらう」と答えた。
数、千代からも話が届いた。辰加所では、女の与袋を本に渡すに古賀の事務所へ持っていくことがあり、《支度返済》の額は毎同じなのに残を誰も教えてもらえないという。鈴も度、返済の残りを尋ねて「そんなことを気にする暇があるなら働け」と叱られたらしい。澄子は同じ文字が、自分のらない借のと、鈴の料袋にかれていることを確かめたかった。
澄子は与袋の数字を写す、誰の袋かを表にきくかなかった。子たちの族の所も、許しなく記さないことにした。数字は証拠になるが、名が漏れれば仕事を失うかもしれない。藤はそのやり方を見て「証拠は集めるだけでなく、預かり方も事だ」と言った。澄子は封筒をごとに分け、元の持ち主へ返すをさく記した。役所へすは、本に確かめてからにすると決めた。
の終わり、子はさらにの女の与袋の数字を控えてきた。
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控除の名目は同じでも、額は百円、千百円、千百円とばらばらだった。とも学で聞いた条件にはないと言う。澄子はを広げ、紹介の名、入寮、控除額を列に並べた。自分だけの名簿違いだとっていたものが、別の女の料へもつながっていた。
澄子は分の数字をしてから、別のに毎同じ額が続いたの計をいた。千百円がかなら千百円になる。最初に借りたとされるが千百円なら、利息や費用の説がなければおかしい。もちろん誰の控除が何のに当たるかはまだ分からない。澄子は計算したのに《推測》ときくき、確かめた数字と混ぜないようにした。
その晩、藤は数字を見て「調べるべきはの佐藤澄子じゃない。どこから誰の名でがいているかだ」と言った。澄子はうなずいたが、すぐにはべなかった。数が増えれば、怖がる子も増える。誰かの料を守るために、誰かの寝を奪うようなやり方だけはしたくなかった。
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