"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第10話
会えない
に入ると、堂のを通るのがくなり、野のにもしい葉が増えた。澄子は朝の仕込みと昼の片づけのに役所へ通い、夕方にはのくで千代とい言葉を交わした。何度も会っているうちに、千代は鈴がもともと形のあいから来たこと、病気の母親へを送るために働きを探していたことを話してくれた。古賀に渡された支度は鈴の元にほとんど残らず、すぐへ送られたらしい。
「その子は、私が来るってってたのかな」。澄子が尋ねると、千代は「の子が来られなくなったから、その枠へ入れると聞かされたって」と答えた。鈴は自分の名で働けないことを嫌がったが、古賀は「続きだけだ。料はる」と説得したという。澄子は、最初から鈴が自分を追いそうとしたのではないと分かった。それでも、鈴が名乗っていたために自分が野で取り残されたことは消えなかった。
ようやくが顔をわせられたのは、の第曜、千代が借りたさな部だった。鈴は襟のほつれた着を着て、戸にったまま澄子を見つめた。く切った髪のに、寝のような青いがあった。「あなたが、佐藤澄子さんですか」。そう尋ねる声は細かったが、澄子には何より確かな本の声に聞こえた。
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澄子はすぐに許すとも責めるとも言えなかった。汽からりたの気持ちを伝えようとすると、喉がつまった。代わりに紹介状を見せ、「この番号で働くために青森から来ました」と言った。鈴はを見て、何度もをげた。「来ないって聞いていました。そうじゃないとったのは、寮に入ってからです」。そのすぐ名乗りなかったことを、鈴は自分のさだと言った。
「どうして逃げなかったの」。澄子の問いに、鈴は鞄から母親のをした。そこには薬代の支払いを済ませたことと、鈴が送ったへの礼がかれていた。「古賀さんからもらったおを、へ送ったんです。戻せと言われても、もうありません」。鈴は、借が消えるまで働けばいいとっていたが、働くたびにしい費用が増えるので、いつまでたっても終わらないと打ちけた。
鈴が最初に案内された仕事は、約束では糸を巻くだったが、実際には夜遅くまで荷造りをする作業だったという。帰りたいと言うと古賀は、青森ではなく形のへまで請求を送ると脅した。鈴は帰る汽賃がなく、寮をれば眠る所もなかった。澄子は自分が堂へたどり着けたのは、交番で話を聞いてくれた巡査とハルに会えたからだとった。鈴にはそのが見えなかったのだ。
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千代が持ってきた与袋には、《佐藤澄子》の名がかれていた。支度返済千百円、寮費百円、雑費百円。澄子は自分の名のにある数字を見つめ、「これを持っていると、あなたも困るでしょう」と言った。鈴は「でも、これを捨てたら私が働いたことまで消える」と答えた。は初めて、同じを必としていることをった。
鈴は翌、古賀の指示で別の仕事へ移される予定だった。今度は《本芳》という名を使うよう言われているという。澄子は「そのに判を押さないで」と頼んだが、鈴はすぐにはうなずかなかった。千代の部をる、澄子は堂の所を渡し、「今夜、考えて。どんな答えでも、ここへ来たらご飯はあるから」と伝えた。
夜遅く、堂の引き戸が度だけさく鳴った。澄子がけると、そこにいたのは鈴ではなく、鈴の母親のを握った古賀だった。「佐藤澄子。おが余計なことを言うから、あの子の母親にまで話がく」。古賀は封筒を見せ、「次に会ったら、鈴のに請求を送ると伝えろ」と命じた。
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