"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第11話
母の所をる男
古賀は堂の入で、鈴の母親からのを指本で挟んでいた。澄子はそれが鈴の鞄にあった封筒だと気づき、取り返そうと歩んだが、ハルが肩にを置いて止めた。「のを持ってきて、ここで何をするつもりだい」。古賀は「親切で教えに来た」と笑い、鈴の支度が返らなければ族へ連絡するだけだと言った。ハルは戸を閉めず、通りから内が見える位置にった。
「支度をしたのは、あなたですか」。澄子が尋ねると、古賀は「ああ、汽賃もも、全部面倒を見た」と答えた。澄子は鈴から聞いた話をいした。鈴が受け取った現はわずかで、最初に紹介されたでは約束と違う条件を示されていた。「その額と、返した分をにいて見せてください」。古賀の笑顔が消え、「子どもが帳面のことにをすな」と声が荒くなった。
ハルは台所から古い帳面を持ちし、「うちでは掛けで飯をしたら、必ず付と額をく。のへ請求するなら、それくらい当たりだよ」と言った。古賀はを鞄へしまい、次に会ったはもうの仕事も続けられなくなるぞと言い残してていった。澄子はが震えていることに気づいたが、ハルは何も言わず、引き戸に掛けをろした。
澄子は古賀がへ来たの言葉も、帰ったあとすぐにき留めた。
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鳴られた怖さはがたてばれても、相が何を求したかはれさせてはいけない。ハルはそのに自分の名と刻をき、「私も聞いた」と添えた。で同じにいたことを残すだけで、澄子の肩からし力が抜けた。が必ず正しいとは限らないが、信じられるがいることは、歳の娘にはきかった。
翌朝、澄子は青森の母へ通目のをいた。今度は「の採用に違いがあり、らないから私の名でを請求されるかもしれない」と、隠さず記した。もし見らぬ男が訪ねても署名や押印をせず、学の先に相談してほしいと頼んだ。母を配させたくはなかったが、何もらせないことの方が危険だと分かったからだった。
藤はの文面を確かめ、「本が借りていないを、言われるまま払う必はない。ただ、相が何を根拠に請求するかは残しておこう」と助言した。彼は鈴にも、へ事をらせるをくよう勧めた。澄子はそれを千代へ伝えたが、鈴は古賀に母の所をられているとって、夜も眠れなくなっていた。千代の話では、鈴はで失敗をね、また別の費用をつけられると怯えているという。
その週の終わり、澄子が昼の配達から戻ると、堂の壁に掛けていた求票が破られていた。
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ハルは「らない男が来て、がどうとか、働かせ方がどうとか言って帰った」と話した。堂の許証はきちんと掲げてあり、ハルは慌てなかったが、澄子は自分がここにいることでへ迷惑がかかるのではないかと考えた。「私、別のところを探した方がいいでしょうか」。
ハルは根の皮をむくを止め、「ここで働いてもらって助かっているのは私だよ」と答えた。「ていくかどうかを決めるのはあんたで、脅しに来た男じゃない。ただし、危ないとったらで会わないこと」。澄子はその言葉を聞き、初めて自分にも選ぶ権利があるとじた。野駅では誰かが勝に自分のき先を決めたが、ここでは自分で決めていいのだ。
翌、鈴からい伝言が届いた。《母には私からく。会いたい。今度は自分の名で》。澄子はそのを折り畳み、紹介状と緒にしまった。だが同じの夕方、子が持ってきた寮の連絡には、もっと穏なことがかれていた。《佐藤澄子に関する問いわせには応じないこと》。名簿の違いを隠すため、全員に止めが始まっていた。
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