"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第12話
かれた封筒
都織布の寄宿舎では、朝に起の鐘が鳴り、洗面に並ぶ順番まで決められていた。子は最初、規則が厳しいのは勢で暮らすためだとっていた。けれどの終わりから、届いたを寮母の松井が度まとめてき、宛名を確かめてから渡すようになった。青森の母から届いた封筒の糊が浮いていた、子は初めて自分のとのにも見えないがあるとじた。
子が堂へ持ってきたのは、母親からのの封筒だった。端には刃物で切ったような跡があり、封のからしい糊が塗られている。澄子はったが、藤はまず封筒をそのまま保管するように言った。「誰がいたかは、これだけでは決められない。けれど何度も続くなら、ほかの子のものとわせて確かめられる」。子は、自分のことを話したために同の女まで叱られるのではないかと配した。
子はをかれたことより、母へいた音を寮母に読まれたのがつらかったと言った。夜になると指が痛むこと、械の音がに残って眠れないこと、帰りたいといたもあった。母には配をかけたくなかったが、誰かに聞いてほしかったのだ。「あれを読まれてから、寮母さんの顔が見られない」。澄子は返す言葉が見つからず、子の封筒を破れないようにもう枚ので包んだ。
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「皆の名は勝にさないよ」。澄子は約束し、子が覚えていることだけをにいた。何にどのが届いたか、寮母がいつ配ったか、何がなくなっていたか。すると子はいしたように、鈴が寮をた夜、寮母の部で古賀と野が話していたと告げた。廊を通った、《返事が来るに移す》という言葉だけが聞こえたという。
澄子はその夜、松井に会いにくことを決めた。正面から訪ねても追い返されるかもしれないとい、寄宿舎のでを渡す許を求めた。現れた松井は歳ほどの女で、髪をきっちり結い、エプロンのポケットに鍵束を入れていた。「佐藤さんならもう辞めました。あなたが誰かはりません」と言う声は、野よりも疲れて聞こえた。
「川鈴さんが置いていった荷物を、どこへやったんですか」。澄子が尋ねると、松井は目を伏せた。「あの子のことは私に聞かないで。寮の部は空けろと言われたから空けたの」。澄子は子の頬の傷をいし、「叩いたことは、子に謝ってください」と言った。松井は瞬険しい顔になったが、やがて「余計なことを言わせないためだった。悪いことをした」とさく答えた。
松井は寮母として、夜の病の世話や類の修繕もしていた。女たちのには母親のように頼る者もおり、子もをしたに粥を作ってもらったことがある。
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だから澄子には、松井がただ悪でをいたとはえなかった。「誰かに言われたんですか」と尋ねると、松井は「のから、保護者への連絡は事務所を通せと」と答えた。
「その命令は、いつからですか」。松井は答えかけてを閉じ、代わりに「子どもを、夜にへ乗せたのを見た。それだけは忘れられない」と言った。澄子が名を聞くと、松井は首を振った。「あの子が名乗った名は、何度も変わった。だから、今どこにいるかも分からない」。松井はを閉めたが、その直、澄子へいを渡した。
は寄宿舎の当番表で、の欄に《入寮 川鈴》と鉛でかれていた。翌朝の欄にはその文字を消した跡があり、から《佐藤澄子》とき直されている。澄子はを握り、あの夜に何がわれたのか、初めて順番を確かめられるものをにした。
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