"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第15話
の名です面
静はを辞めさせられると聞いた翌、都織布の事務へ呼びされていた。野は彼女のに退職願の用を置き、「庭の事で辞めたことにすれば、次の勤め先へも響かない」と言ったという。静は署名をせず、代わりに何を理由に勤を止めるのか文で示してほしいと頼んだ。野はったが、静が帳で働いた付の控えを持っているとると、返事を保留した。
そのの夜、静は堂へ来て、澄子にをげた。「私は、帳面が変だと気づいてからも、ずっと清していました」。澄子は責める言葉を探したが、静のが震えているのを見て、先に子を勧めた。静は自分が作った与台帳の写しをへ持ちしてはいなかったものの、事務所ので何を見たかを説する文をいてきた。付、額、指示した者の名が、できるだけ曖昧にならないよう記されていた。
藤は静の面を読み、「これは事だ。ただし、相が否定したに誰がどこまで証言できるかも考えよう」と言った。澄子はそこで、鈴のことを話した。本の名を勝に使われた女と、の名で働かされた女。そのが別々に相談していては、会社はどちらか方の話だけを都よく使うかもしれない。鈴の同があれば、で同じ事実を伝えたいと提案した。
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千代の部で再会した鈴は、澄子の話を聞いてい黙っていた。鈴はまだ古賀の請求を恐れていたし、自分がの名を使ったことを役所で話せば、悪いことをしたとして扱われるのではないかと配していた。「私、最初に佐藤って名乗ったんです。嫌だったけど、名乗ったのは本当です」。澄子は「それを隠さないで話してほしい」と答えた。
「私も、あなたがいたせいで働けなかったとって、ずっと腹がってた」。澄子は鈴の目を見て言った。「今も、あののことを忘れたわけじゃない。でも、私があなたを追いして終わりなら、古賀さんはまた別の子を連れてくる」。鈴は初めて顔をげ、「それなら、私の名もにいていいですか」と尋ねた。澄子はうなずき、便箋の番に《佐藤澄子・川鈴》と並べていた。
の面には、鈴がどこで誰から支度を受け取り、いつ佐藤澄子の名を使うよう言われたかを記した。澄子は自分が汽に乗った、野で乗を拒まれたこと、学の紹介状を持っていたことをいた。静の見た帳面と、子たちの与袋の控除は、別にして添えた。鈴は最に「働いた分の料は受け取りたい。でも借りていないまで返すとは約束していません」と、自分の言葉で付け加えた。
澄子は面を読み返し、自分に都のいいことばかりいていないかを確かめた。
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鈴がの名を使ったとりながら働いた期も、はっきり記した。鈴は「そこをけば、私が悪いと言われませんか」とそうに尋ねたが、澄子は「隠したら、古賀さんにそこだけを使われる」と答えた。が同じ来事を違う所から見ていたことを、違うまま残す。それが初めて緒に決めた約束だった。
面を持って相談にく夜、ハルはに温かい飯をした。澄子と鈴は向かいってべたが、すぐ仲良くなったわけではなかった。鈴が箸を置くたび、澄子は野駅の空っぽになった広をいした。それでも、とも自分の名をいたを、卓の端からさなかった。
翌朝、相談窓ので待っていた藤は、の顔を見て「今は、どちらかがどちらかの代わりに話すじゃない」と言った。澄子はうなずき、鈴と並んで扉をけた。だが受付で名を告げた、職員は枚の連絡文を見て表を曇らせた。都織布からはすでに、《佐藤澄子による虚偽の就職申て》という説が届けられていたのだ。
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