"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第17話
消されるの帳簿
の朝、都織布では事係の古い帳簿が麻紐でくくられ、倉庫へ運ばれようとしていた。守の老はそれを見届け、昼の休みに堂へ寄った。「あんたの名がある帳面も混じっているはずだ。何をしたらいいか、俺には分からん」。澄子は老に無理を頼まず、運ばれた刻と箱の数だけを確かめた。藤はすぐに関係窓へ連絡し、すでに提した資料と照できるよう、帳簿の保管所を伝えた。
その際、藤は澄子に、守から聞いたことをそのまま伝え、見ていないものまで見たと言わないようを押した。澄子は箱の数もも推測で話したくなかったので、守の言葉を字ずつ読み返した。担当者は確認できる範囲からめると答え、澄子たちへ追加資料の無を尋ねた。澄子は里の名簿がまだ元にないことを告げ、もし得られればすぐ提すると約束した。
そのの夕方、野はの事務で里を問い詰めたという。里はに、古賀が紹介料を受け取るため、採用辞退者がたことにして別の女を入れる話を持ち込んだと説した。野は員を確保できればの仕事が回ると考え、正規の確認を省いた。だが澄子が予定どおり京するとり、帳面のを取るため、鈴の退職と移籍まで先回りして記入させたのだった。
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澄子はその話をまだらなかった。堂ではの暑さで客がたい麦茶を求め、昼の仕事が増えていた。ある、鍋を運ぶ途でちくらみを起こすと、ハルはすぐ子に座らせ、「あんたはだよ。の始末までで背負うんじゃない」と言った。澄子は休みながら、青森へ帰る汽賃の封筒をいした。あれを受け取っていれば、今ごろ母と畑にいたかもしれない。
その夕方、子からが届いた。寮母の松井が、これまで預かっていた族宛ての未発送のをまとめて返したという。子の封筒のには、にいた澄子宛てのい便りもあった。《あの、バスからりられなくてごめん。へ入ったら、ちゃんと探すから》。澄子はの折り目を伸ばし、子もあのから自分なりにこうとしていたのだとった。
数、関係する担当者が都織布へ事を確認に来た。会社側は帳簿を提示し、採用と与の記録について説を求められた。澄子はち会っていなかったが、静が覚えていた数字と、提された帳簿の数字に違いがあると聞かされた。原簿の部には訂正の跡があり、別の綴りには同じ番号が度現れていたという。誰がいつき換えたかは、さらに確認が必だった。
その晩、里が堂へ来た。以のように封筒を置くことはせず、ただ「野で、おさんを乗せなかったのは俺だ」
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と言った。澄子は「っています」と答えた。里は、野からだけ連れてこいと指示され、理由を聞かなかったと話した。「変だとった。でも自分の仕事じゃないと言い聞かせた」。澄子は、今になってその話をする理由を尋ねた。
「から、全部俺が勝にやったことにしろと言われた」。里はそう答え、胸ポケットから送迎名簿の控えをした。そこにはの名があり、佐藤澄子の横だけ赤鉛で《乗 野指示》とかれていた。澄子はを見つめた。駅で取り残されたあの瞬が、ようやく誰かの指示として残っていた。
里はその名簿を自分の控えとして残していた理由を、初めは言おうとしなかった。やがて「野でおさんが泣きもしないで番号を写していたから、俺も捨てられなかった」と話した。澄子は返事をせず、名簿の目を見た。そこには赤い線が本引かれているだけで、なぜ乗せなかったかの説はない。澄子は里に、今度は役所の担当者にも同じことを話してほしいと頼んだ。男はく黙った末に、うなずいた。
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