"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第18話
数え直された
に入る頃、都織布の寄宿舎では、の女のにさな変化が起きていた。初めは子だけが澄子に会っていたが、今では幸枝も登美も、料袋を封筒に入れて保管するようになった。誰も度にを辞めようとは言わない。ただ、自分の働いた数と受け取った額を、誰かに説できるようにしておきたいとうようになっていた。
会社の説を受けたあと、相談窓の担当者は、必なから個別に事を聞く会を設けた。澄子は子たちに「来なければいけないわけじゃない」と伝えた。最初に来たのは幸枝で、のひらに汗をかきながら、支度品費を尋ねたら帰郷をほのめかされたことを話した。次に登美が、入寮のに作業着の代を払ったのに、料からも同じ名目で引かれていたことを説した。
子は、野駅でが緒にりたことを話した。引率者から渡された数表にはとあり、里がだけをバスへ乗せたこと、澄子が紹介状を持って追いかけたことを覚えていた。「私たちは皆、澄ちゃんをっています。学で同じ教にいたんです」。その言葉に、澄子は胸がいっぱいになった。自分を証するのはだけではなく、同じを過ごしたたちでもあった。
引率したの証言も届き、青森の駅でを数えたこと、野まで誰も途しなかったことが確かめられた。
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澄子はその話を聞き、い汽旅の途で皆が眠っていた姿をいした。内ではひとりに違うやがあったのに、京へ着いた途端、番号でしか呼ばれなくなった。子が《澄ちゃん》と呼んだ声は、どんな帳簿の文字よりも、あのの自分を正確に示していた。
鈴は自分が川鈴であることを告げ、最初の紹介先で約束と違う条件を示されたことから順に話した。古賀から支度を返すよう求められ、都織布で別の名を使えば返済できると言われたことも隠さなかった。担当者は鈴の話を聞き、受け取ったと控除されたをつずつ確かめた。鈴は途で言葉に詰まったが、澄子が隣にいるのを見て、最まで話し終えた。
松井も、寮の当番表との扱いについて説した。寮母として従うべき指示だとっていたが、本宛てのを止めたり、女の荷物を本の同なく片づけたりしたことは違いだったと認めた。子の頬を打ったことも謝った。子はすぐに許すとは言わなかったが、「もう誰のも勝にかないでください」とはっきり伝えた。松井はうなずいた。
方、古賀は支度の帳簿は正当な貸付だと主張し、側は採用のき違いにすぎないと説した。だが会社から古賀へ支払われた紹介関係のと、女たちから返済名目で差し引かれたの関係は、簡単には説できなかった。
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野は鈴の名をらないと言いながら、入寮記録の訂正を自分が指示したことを認めざるを得なくなった。調べはそので終わらず、関係類の確認が続けられることになった。
話を終えた帰り、子は澄子と並んで野駅のを歩いた。「あの、窓から呼んだのに、何もできなかった」と子が言うと、澄子は「今は来てくれた」と答えた。は駅の広でを止め、汽からりたに見た計を見げた。の波はもうなく、の陽射しが畳に照り返していた。
その、鈴がろからに追いついた。「私も、度ここへ来てみたかった」。鈴は広の端にち、青森から来たの女がどこを歩いたのか尋ねた。澄子は、バスが止まっていた所を指した。鈴はそこをしばらく見つめ、「私はここにいなかったのに、あなたの所にいたことになってたんですね」とつぶやいた。
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