"昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女" 第19話
選び直す仕事
の気配がづいても、調べはすぐにすべての答えをしたわけではなかった。都織布は採用記録の備を認め、澄子に対して正式な採用予定者だったことを文で確認した。鈴が働いた期の記録も本の名で理し直す続きがめられ、支度の控除については根拠のある額とそうでない額を分けて確認することになった。古賀の紹介業務と銭の扱いも、別に調べられた。
野は事の担当かられ、里も送迎の仕事を続けられなくなった。だが澄子は、それを聞いても胸がすっとするだけではなかった。子たちはまだで働いており、静には次の勤め先が必で、鈴の母親の病気が治ったわけでもない。誰かが叱られれば終わる話ではないと、初めから分かっていた。自分の名が戻ることと、の暮らしが決まることは別だった。
里からの謝罪の言葉は、藤を通じて伝えられた。澄子は受け取ったが、返事はすぐにかなかった。駅で乗せてくれなかったことを悔やんでいるなら、同じように困っている子を次は見過ごさないでほしいとったからだ。野の説も、古賀のの方も、まだすべてがらかになったわけではない。澄子はの謝罪より、今は採用の確認を本と学の両方へうという会社のしい順の方を何度も読んだ。
広告
都織布からは、改めて採用の相談をしたいという申しがあった。澄子は度へき、仕事と寄宿舎の説を聞いた。しい担当者は賃と寮費の内訳をで示し、過の件を詫びたが、澄子はそので返事をしなかった。帰り、械の音を聞きながら、あのを毎朝くぐる自分を像した。仕事が嫌なのではない。ここで働くと決めるのが、また誰かの都になってしまうのが嫌だった。
ハルは堂を続けてほしいと頼んだが、澄子には別の考えがまれていた。藤に教わって公共職業定所の求を見比べるうち、都内のさな製本で女子見習いを募集しているのを見つけた。仕事はを折り、糊をつけ、帳面を仕げること。採用条件には、休、通勤がかれ、寄宿舎に入らず働ける。澄子は自分のでを訪ね、職を見せてもらった。
面接で主は「なぜの会社へかなかったのか」と尋ねた。澄子はく事を説し、「働いた数と料が、きちんと分かるところで働きたいんです」と答えた。主はしばらく考え、「うちはきくないから、約束できることもない。でもにはける」と言い、条件を枚にまとめてくれた。澄子はそのを持ち帰り、ハルと緒にずつ読んだ。
鈴も、千代の助けで別の仕事を探していた。
広告
鈴は形へ帰るか迷ったが、母親の薬代のためにしばらく京で働くことを選んだ。古賀の帳面にある借は、そのまま認めるのではなく、実際に受け取ったと控除された額を確認する続きが続いた。澄子は鈴と同じへこうとは言わなかった。が自分で違う所を選ぶことも、ようやくにした自由だった。
静は帳での経験を買われ、藤のが働く印刷所の事務へ移った。子たちの与袋については、説のない控除が見直され、確認できた分の返が始まった。全員が同じ結果になったわけではなく、故郷へ帰ることを選んだ女もいた。澄子は別れの、誰にも「残るべきだ」とは言わなかった。野駅で自分がされたことを、今度は友達へしたくなかった。
の初め、澄子は製本への採用を受け、森堂の階から通うことにした。ハルは「朝の皿洗いがいなくなる」とわざと困った顔をしたが、夕だけは緒にべようと言った。澄子は働く条件をいたを、最初の紹介状の隣にしまった。枚のには同じ名があり、今度の方には、本が確かめて決めたことがつずつかれていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 2 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 77 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 125 -
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 213